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女の子は目を丸くして俺を見た。いや、俺、いつもソイツと間違われて呼び出されているもんですから。
「俺、名前が同じなの」
「えっ?」
そう、この子が呼び出そうとしていたのは『矢田晴海』。背が高くて整った顔をした、わりと――……いや、かなり目立つ奴。
パターンはこうだ。
女の子たちは、通学バスだとか吹奏楽部の演奏会だとかで、矢田を見かけて好きになる。観察しているうちに、二年二組だってことを知り、ハルミって呼ばれているのを耳にする。
で、こっそり二年二組の下駄箱をチェックして、ハルミって名前の男を探す。
そして見つける。
『羽多春海』――俺の名前を。
ハ行でハルミ君を見つけた女の子たちは、そこで舞い上がってしまい、ヤ行までチェックするなんてことはしない。よっぽど用心深い性格でない限り。つか、居ても嫌だけどな、そんな周到な女の子。
「呼び出してやるよ」
「……えっ?」
逆ギレするような子ならほっとくんだけど、なんとなく今日は助けてやりたいような気になっていた。
「君が呼び出したかったのってさ、ハルミって名前で、トロンボーン吹いてる――……コイツだろ?」
説明するのが面倒臭くなって、なんかで撮った矢田を含むクラスメートらのヘン顔をスマホに表示させる。
「あ、そうです。この人……です」
女の子の顔が、少しずつ期待に輝き出す。
俺はスマホを操作して、矢田を呼び出した。ヘン顔でも喜んでもらえるんだから羨ましいもんだよな、なんて思いながら。
矢田は大抵、モンクも言わずすぐ来てくれる。基本的に親切な男なのだ。今は部活中の筈だけど――……と、5分ぐらい待ってたら、階段を上ってくる足音がして長身がスッとドアの向こうから現れた。
「じゃ、頑張って」
「あ……っ、有難うございました!」
矢田の姿に気を取られていた女の子は、我に返ると俺に向かって深々と頭を下げた。うん、礼儀正しくて素直な子じゃん。顔だけじゃなくて、多分、性格も可愛いと思うぜ。
告白の場面に立ち会う気はしなかったから、俺は、矢田と入れ違うように屋上を出て、階段を下っていった。
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