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「えっ?」 思わず顔を上げ、真正面から矢田を見た。矢田は笑った。 「俺も、ゲイなんだよ。だから隠さなくても大丈夫」 矢田は長く息を吐くと、やっぱりいつもの穏やかな笑みを浮かべて、俺を見つめた。うっすらと漂っていた緊張の色はもう消えている。 俺は呆然と矢田を見ていた。その顔の上に、解けない数式でも書いてあるみたいに。 矢田は、俺の視線を受け止めたまま、何気なく尋ねた。 「で……、どっち?」 「え?」 「ネコ? タチ?」 「……えっ?」 なんのことだろう。戸惑う俺を見て、矢田は少し驚いたようだったけど、すぐにまた、柔らかく笑った。 「……男役か女役かってこと」 「……わ……分かんねえよ」 嘘だ。分かってる。でも、とても言えねえ。矢田は、ふうん、と言って俺を上から下まで見た。思わず、頬と耳がかあっと火照った。 俺は立ち上がり、ノートだの教科書だのをカバンに突っ込み始めた。 「……帰る」 「待ちなよ」 矢田も立ち上がって、俺の右手を掴んだ。 「つまりさ、そういう経験とか知識とか、全然ないってことだよね」 手を振り払おうとしたけど、矢田が離さなかった。思いがけない力強さに驚きながら、吐き捨てた。 「あってたまるか。俺だってマトモでいたかったんだ。ちゃんと、女の子を好きになりたかった!」 「俺たちだってマトモだよ」 「でも、こんなの隠しときたいことだろ!」 そんなつもりなかったのに、語尾は叫ぶように鋭くなった。 「お前、家族に言えるか? 親に言えんのかよ!」 もう一度、振り払おうとしたけど、矢田の手はビクともしない。カッと頭に血が上った。 「離せ!」 「……落ち着けよ」 勢いに任せて腕を振り回そうとしたけど、力負けした。 逆に、何の拍子か、腕を引っ張り返してきた矢田の腕の中にくるっと身体が収まってしまい、更に抗おうとして気が付いた。 ――俺、今……矢田に抱きしめられてる……?
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