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「ホントに、すごくビビってたんだよ」
「そうか?緊張してんなとは思ったけど……余裕綽々に見えた。俺、内心ムカついてたもん」
「足震えてたんだぜ、アレでも」
やっぱり飄々と笑う。
「ハルミちゃんは、そういうとこ損よね。不憫だわ」
オッサンがうんうんと頷きながら、口を挟んできた。
「大丈夫じゃなくても大丈夫に見えちゃうっていうの? キミも友だちなら、気をつけてあげてよね。ハルミちゃんは強い子だけど、強いだけの人間なんていないんだからさ」
笑いながら言ったけど、上っ面だけの言葉じゃないのはなんとなくわかった。妙なオッサンだけど、優しい人なんだろう。
それも、ヨシ兄みたいな常に強くあろうとする人の優しさとは、ちょっと違う種類の優しさだ。
「こんなとこ連れてくるくらい、キミのこと信用してるんだから」
「ママ、大袈裟」
矢田は苦笑したけど、俺は頷いた。もしかしたら、大事なヒントをもらったのかもしれない。
「……はい。気をつけます」
すると、オッサンが俺の方にグラスをずいっと押し出してきた。
「ほら、飲みなさいよ。美味しいわよ。ハルミちゃんにしか出さない葉っぱで作ったお茶なんだから」
「いただきます」
初めて口にしたけど、オレンジと紅茶の香りはよく合っていた。運動の後だったこともあって一気に飲んでしまった。
オッサンはフフン、と笑って尋ねた。
「名前、なんて言うの」
「俺もハルミ、です」
「……あら。ホント?」
俺たちは揃って頷いた。
「字は違いますけど」
「眠たい方と晴れてる方」
オッサンはキョトンとした。
「何それ」
矢田がクスクスと笑った。
「コイツ授業中寝てばっかだから、そう呼ばれてんの。春の海だから眠いってこと」
「晴れの海だって眠くはなるだろ」
矢田がいつもより砕けた口調なのが嬉しかった。
二人で笑っていると、オッサンが投げるようにカードを寄越してきた。白黒のマーブル模様の地に真紅の文字で『二階』と印刷されている。それから電話番号も。
「ここの名刺。持ってきなさいよ」
オッサンがニヤリと笑って言った。
「眠たい方のハルミくんも、いつでも来ていいわ。知りたいこといっぱいあるでしょ、若いんだから」
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