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球技大会の練習が始まってからは、秘密の部屋には一度も行かなかった。毎日通ったテスト前が嘘みたいに。
バス停や下駄箱で矢田と鉢合わせして、言葉を交わすことはあったけど、それだけだ。
矢田は、部活のある日には部活に、部活のない日にはドッヂの練習に忙しいみたいだった。俺は帰宅部なのがたたって毎日バスケの練習をするハメになってたけど、思い切り身体を動かすのはけっこう楽しかった。
葉山待望の、高橋さんの『ユサッ』もそれなりに興味深かったし、運動のおかげか夜もぐっすり眠れて、朝練もちゃんと来られた。このままいったら『眠い方』のあだ名は返上になるかもしれない。
こうして表面的には健全に日々が過ぎていた一方で、内心は苦しくてたまらなかった。
結果的に、矢田が俺に友情以上のものを感じてはいないことを思い知らされた一週間でもあったからだ。矢田の素知らぬ顔を見るたび、考えざるを得なかった。アレはやっぱり成り行きでしかなかったんだ、と。
裏切られたと思うのはお門違いなんだろう。
矢田の態度は一貫していた。矢田は俺が『仲間』なのか確かめて、それを受け入れられるよう協力してくれたのだ。
たぶん、友情ゆえに。
テスト前、毎日のようにセックスしたのも、本屋の二階に連れていったのも、なんていうか、アイツなりの『親切さ』なんじゃないだろうか。
なかなかホモ――じゃなくてゲイ――であることを受け入れられないでいた友人への、思いやりみたいなもの――なんだと思った。
――このまま元の友だちに戻れるのなら、それでいい。
何度もそう思った。思うのに、視線はつい、アイツを追ってしまう。諦めた方がいいのは分かってるのに。
今も、吹部の女子と教室を出て行く矢田の後ろ姿を見ていた。いつの間にか覚えてしまった。矢田はいつも、HRが終わるとその子と一緒に部活に向かう。楽譜を入れた、お揃いのファイルを持って。
「結局、何教科追試だったんだ?」
不意に声をかけられて、イスから落ちそうなぐらい驚いた。体勢を立て直し、声の方を見ると葉山がポカンとして立っていた。
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