知らんぷり

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「今から、今月の生贄『羊』を決めたいと思います」 蛍は教卓から発せられた声に顔をあげた。 黒板の前に立っていたのは千沙とともに学級委員を務め、クラスの中でも男女ともに圧倒的人気を誇る十和田綾だった。 いつの間に、チャイムが鳴ったのだろう、と蛍は思った。どうやら起きるしかなさそうだ。 蛍はあくびをかみ殺してぼんやりと窓の外に目をやる。 まあ、これからのことを考えれば寝ている場合ではなかったのだが。 「つーかよぉ…もう6月の続きで藤原でよくね?」 唐突に声を張り上げたのは乱暴で喧嘩負けなしの噂さえある立派なヤンキー、島津颯馬だった。 綾は平然と答える。 「颯馬、それはルール違反だろう?ルールを破った人は必然的に『羊』になってもらうしかないけど…」 それを聞き、一瞬にして颯馬の顔が蒼白になる。 「分かってる……分かってるけど、さ…」 歯をくいしばって颯馬は呻いた。 「そんなにゆめを生贄にしたいの?島津さいてーじゃん」 冷たい声が颯馬の背に突き刺さった。先月の『羊』の藤原ゆめの親友、竹林由依だ。 ゆめがおずおずと由依に声をかけた。 「由依、もういいよ...私大丈夫だから......」 「駄目だよゆめ。島津、ゆめに謝りなよ!生贄に相応しいのはお前なんだよ!」 颯馬も負けじと言い返す。 「お前だって先月の生贄選びの時に藤原を見放したじゃねぇか。お前も同罪だよ!」 「ち、違う、私は、ただ......」 急にしどろもどろになった由依を颯馬が鼻で嘲笑った。 さらに畳み掛ける。 「何が藤原に謝れだぁ?だったらお前も謝れよ!きっと藤原もお前が生贄になることを望んでいるだろうよ!この裏切り者が!」 一瞬で由依の顔が青紫色に染まっていく。 形勢逆転だな。 蛍は心の中で微かに笑った。 「はい、静かに。颯馬、ちょっと言い過ぎだ」 綾が穏やかな顔で言う。周りで事の成り行きを見守っていた生徒が安堵の溜息をついた。 しかし話し合いはこれで終わるわけではない。 生贄の『羊』を決めるまで、終わらないのだ。
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