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 深夜、時には朝方まで働き、どうにか生活費は稼げている。問題はチケット代金だ。  自分が出演する舞台のチケットを知り合いに売るわけだが、相手は同業者であることがほとんどで、「あなたが舞台に出る時にはチケットを買うよ」という相互扶助の約束が暗黙のうちに取り交わされている。一枚2000円のチケットを10人に売ったら、その10人のチケットをいずれ買わなければならない。これがなかなかの出費だ。  ならば舞台に出演しない人に売ればいい、という考えもあるが、そもそもそういう人は舞台を見ない。チケットを買ってもらえない。だから結果的に、いずれ買うことを前提に売る、ということが繰り返される。舞台に出演しているほとんどの俳優・女優がそんな状態だ。  そんなマネーロンダリングのようなことに手を染めながらも、舞台女優という仕事を続けてきたのは、やはり「演じる」ことが楽しいからだ。様々な人物になり、その人がやりそうなことをやり、言いそうなことを言う。「自分ではない誰か」に堂々となることができるという感覚がたまらない。  さすがにこれは言い過ぎだろうか、こんな行動をとるのはどうだろう、などと人格に合わせて芝居をチューニングするのも好きだ。演出家や共演者たちと意見をぶつけ合っている時などは、女優冥利(みょうり)に尽きる。  とても楽しい。でも、それだけではダメだった。  経済的な苦しさと、上達できないもどかしさが不規則な二次関数のグラフとなって私を縛り付けるようになった。いつか、まともな役柄をもらったら両親を公演に招待しよう、などと殊勝なことを考えたりもしていたが、考えるだけで三年半が経ってしまった。  そしてこの度の、ゲーム番組の打ち切り、さらに後輩の台頭である。潮時というのは不意に訪れるが、こうまでして色々と重なってくれると分かりやすくて有り難い。三年周期からはちょっとだけズレてしまったが、まあ許容範囲だ。今回の作品を最後に、舞台女優を、きちんと諦めようと思った。
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