<第一章>失われた記憶

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<第一章>失われた記憶

雅が目覚めると、 目の前に白い天井が広がっている。 彼女はそれを眺めながら、ぼうっとしていた。 “山中雅、32歳。” そこまで考えて頭が痛くなる。 ここは病院なんだろうか? 消毒薬の匂いと、看護師さんたちがせわしなく 廊下を歩く気配がしている。 なぜ自分は病院に居るんだろう? 硬いベッドは寝心地も良くない。 雅は自分が ここに居る理由が分からなかった。 頭に何か巻かれている。包帯か? 怪我でもしたのだろうか? 廊下を通る看護師の一人と目が合うと 「山中さん、起きましたよ。」 声が響き、医師らしい人物を連れてきた。 若そうな男の先生が来る。 実に、頼りなさそうだった。 黒縁めがねの奥が、オドオドしている。 「具合はどうです?」 尋ねられた。 「少し頭が痛いです。」 彼女がそう応えると 「ああ」と彼は言った。 「色々打ってますもんね。」 含みのある言い方である。 いろいろ?と思いながら、頭に手を伸ばして、 包帯に触れた。 「頭以外はどうです?」 肩や背中に触れられ、 右と左の腕を交互に伸ばされる。 「大丈夫です。」 特に何も無かった。 今のところ、頭だけが痛い。 「私、なんでここにいるんですか?」 聞いてみる。 先生は黙っていたが、 「ご家族に連絡しといて。」 と看護師に言うと、雅と向かい合った。 「・・・あなたは、自殺しかけたんです。 幸い落ちたところが花壇のやわらかい土の上で、 助かりましたが、あと1メートルでもずれてたら 即死でした。」 先生の目は真剣で、冗談ではなさそうだった。 彼女自身にはまったく心当たりが無いのだが、 それもそのはずで、今のところ 名前と年齢と性別以外は 何も思い出せていない。 雅が黙り込むと、医師がそっと席を外した。
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