(五)

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そして、今日だ。 「異変を感じたら、必ず来てください。状態が改善されても、自己判断はだめですよ」  退院時に、医師から告げられた言葉が頭の中で反芻している。病院の入り口で、一瞬身構えた。総合受付というカウンターの中に、女性二人が座っている。その二人が、私を注視しているように感じた。 「予約していないんですけども。今朝、突然に目まいに襲われて。体調不良で来たのですが……」  恐る恐る身障者手帳を差し出した。満面に笑みを称えた女性が、手を奥に向けながら応じてくれた。 「あちらの外来受付に、申し出てください。大丈夫ですよ、すぐに処置してくれますからね」  言われた場所で再度告げると「二階に診察受付機がありますから、そこに診察券を入れてください。後は待合の椅子に座って待っててください、声が掛けられますから。循環器科は分かりますね?」と、今度は事務的に指示をされた。大勢の患者が居るのだ、止むを得ないかと己に言い聞かせた。  中央にあるエスカレーターを使って二階に上がって循環器科に進んだ。壁際に設置してある受付機に診察券を差し込み、出てきたA4の紙を、受付に提出した。空白の多い書式で、B5でも十分に対応できそうだ。  先日のこと、かかりつけの病院でのことだ。折りじわが消えていない古びたジャケットを着込んだ初老の男性が、事務室内にいる笑うとえくぼができる愛らしい娘さんに話していた。 「B5でいいんじゃないの? 無駄遣いだよ、これじゃ」 「実は、A4の方が安いんです」 「そうなの? エコに反するんだけど、仕方ないかね、そういうことじゃ」  隣で聞いていて得心のいかぬことではあったけれども、そういうことかと納得せざるを得なかったことを思い出した。その後も色々と話しかけていたが、仕事の手を休めて応対するその娘の後ろで咳払いをする男が居た。少しぐらい話をさせてやってもいいだろういにと、その男に腹がたった。どこにも優しい人間と冷たい人間はいるさ、ということか。
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