(一)

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 今日は久方ぶりに、民子に会う日だ。昨年のお盆以来だから、八ヶ月ぶりになる。突然に「暇してるよ」と、昨日にメールが来た。続けて「明日、会えない?」と入った。2週間程前に「所用で」と有給を取っていることを、民子が知るはずもない。あまりの偶然に因縁めいたものを感じた。もっとも所用といっても、実のところはずる休みだ。所用があるわけではない。ただ、休みたかった。身体が疲れたわけではないのだが、いや、心が疲れたのかもしれない。  先月のことだ。居酒屋で、二人の友に言われた。  二人とは高校時代からの付き合いで、もう彼是四十五年を数える。誰の発案だったか覚えてはいないけれども、それぞれの誕生日を三人で祝おうということになった。幾ばくかの金員を出し合って、プレゼントを買い求めた。何を贈りあったのかまるで覚えていないけれども、腹を抱えて笑いあった記憶がある。 「お前は、杓子定規なんだよ。臨機応変って言葉、お前の辞書にはないだろ」 「会社で浮いてるって言うけど、そんな性格が災いしてるんじゃないか?」  自分でも分かっている。今は一介の契約社員で、相手は正社員だ。上司とまでは行かないけれども、指導を受ける立場なのだ。多少の威圧的な態度は、我慢せねばならない。例えそれが、うら若き女性であってもだ。  道中に不安のあった私は、やむなくタクシーを利用することにした。目まいから一時間ほどが経っていて、今は落ち着いている。心臓は力強く波打ってくれている。気になったふらつきも、タクシーに乗り込むまで起きることはなかった。 “タクシーでなくても良かったな。自分の車で良かったかも。三千円強の出費か…。いや往復だぞ、往復。痛いな”  そんな思いが頭をかすめた。しかしすぐに“いやいや、何が起きるかもしれないんだ。救急車という手もあったけれど、自分で移動できるんだ。良しとしなきゃ”と思い直した。
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