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ある男の夢 1
(参ったな・・)
夕方。
日がまもなく沈む頃に、古い建物が並ぶ道で、40代ぐらいのサラリーマンらしき男が立ち止まって、自分の財布の中身を確認してため息を吐いた。
(今日は10回目の結婚記念日だと言うのに、プレゼントを買う事すらままならない)
どうやら男は、仕事帰りに妻へのプレゼントを買おうとしていたらしい。
(あいつはプレゼントなんていらないと言うだろうけどな。それでも感謝の1つぐらいしてやりたい)
男は財布をポケットにしまい、再び歩き出した。
(ん・・?)
男がふと足を止めた。
気になる看板を見つけたからだ。
男は、その看板がついている建物の前で立ち止まった。
その看板は建物の上の方に、白地に黒い文字で
『質屋』
と、大きな字で書かれていた。
しかもその下には
『あなたが見た夢、買います』
と、これまた大きな字で書かれていた。
(見た夢を買う?私が見た夢を買うと言うのか・・?)
男は疑問に思いながらも、その建物のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
店主らしき男が小さな声で言った。
その男は、ドアの正面の椅子に座っている。
40代くらいの地味な男だ。
客の男は店内を見回した。
見た感じは駄菓子がまるで置いていない駄菓子屋と言った感じで、ものすごく殺風景だった。
が、ある個所に10冊ほど小説が並んでいた。
その小説は全て同じ物で、背表紙に
『飛び出す動物図鑑』
と書かれていた。
(この人が書いた小説なのか・・?)
と男は思いながら椅子に座り、店主と向かい合った。
男は椅子に座ったは良いが、なかなか言葉を出せずにいた。
どう切り出したらいいか分からなかったのだ。
仕方なく、夢を話す前に質問する事にした。
「あの・・。私が見た夢を買い取ってくれると言う事ですが、どんなに短くて内容が無くても構いませんか?」
「ええ。短かろうと何だろうと、あなたが見た夢の話をそのまましてください。無理に脚色をつけて長くする必要はありません」
「そうですか・・」
「そもそも『夢』というのは初めから終わりまで見られる訳では無いでしょう。いきなり始まって、いきなり終わる物です。でも、それだから良いのです。その前後に何が起きたのかを自分で創造する事が出来ますからね」
「なるほど。それはそうですね」
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