第二夜 きつね

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「もしかして」  変な聞き方だろうが、オレは言ってみた。 「呼ばれた…ンかい? あんたも」  じっと黙ってオレを見ていた女はやがて、 「そ」  と、ぽつりと言った。  やっぱりか。  でも、とっつぁんと言い、このおねえちゃんと言い、この部屋の何に呼ばれたと言うんだ? 「あれ」  と、女は言葉を次いで、その細い指で台所を差した。 「え?」  オレは台所を振り返った。  鍋? 油揚げか?  油揚げに呼ばれたンか? 部屋じゃなくて。 「いい香り」  女は目を閉じてうっとりと顔を上向ける。  まるで鍋から立ち上る出汁と醤油の香りを逃さず嗅ごうとするかように。 「ああ。出汁は安もんだが、今日の揚げはちょっと上物だ。いい感じに煮上がってるぜ」 「うん」  目を開くと、にっこりと微笑む。  ハラが減ってンのか?  もしかして、このおねえちゃん、キレイななりして浮浪者かなんかか?  そう言えば上っ張りも着てねえな。 「だって、誘ったでしょ」  ふふふ、と女が笑う。 「え? オレが?」  呆けた顔で自分で自分を指差す。  どこで、いつオレが誘ったって? 「ね、炙りと煮付けと、どっちが好き?」  唐突に女が聞いた。  ああ、油揚げか? 「どっちがって、…そうだな。どっちも好きだな」
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