世去りぬ櫻

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 その男、夢かはたまた幻なのか――まとう気といったら人外よりも儚く、妖しきこと甚だしい。 「()そ」  それでも徒和は昼の御子。昼の世は生者の域。決して怯えずおののくことなく、好奇に満ちた声音で桜を見つめる男を呼んだ。  常磐の桜の葉が舞った。  静かに男が振り返る。  ほほ笑む男のかんばせは、あな、いみじくも麗しい。   「徒和の姫であらせられるな」  人が持たぬ翠の瞳に驚きながら、それより徒和の気がかりなのは男の言。 「なぜ、わたくしを」 「知らぬ存ぜぬはずがない。昼の御子、陽に愛でられし姫と謡われるはこの都でただ一人」  男は決して日陰より出づることなく、徒和はそのことを不審に思う。 「こちらにお越し下さいませ。日の光、共に浴びることにいたしましょう」 「日は好かぬ」  にべもないその物言い。徒和の笑顔が初めて陰る。  それを見て、男は取り繕うかのように笑みを深めた。 「桜がお好きか」 「はい、好きでございます」  しかして徒和、誘われるがごとく日陰へ歩を進めた。自ら日の加護を断ち、(あやかし)よりも勝りて妖しき男の側へと寄りそう。  徒和の質は、陽である。人を怪しむこと、憎むこと、呪うこと、負の心など裡には持たず。 「この桜、なにゆえかわたくしを避け、花を見せてはくれませぬ」 「花が見たいか」     
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