世去りぬ櫻

4/9
前へ
/9ページ
次へ
 出会った二人の気が合えば、心許していくのがこの世の道理か。  それにしても、二人の想いは千里より遙かに遠く、異なるものである。  徒和は今や、明るき陽よりも緋寒を慕う。戦で散った父を思うがごとく。遠く離れた兄を想うがごとく。それゆえか、男の(まこと)を気にするには、あまりに心は幼い。  だが、緋寒の徒和を見る目は父のもの、兄のものでなし。  (ふた)つの心は重なることなく、同じくするはただ、逢瀬の月日。   「桜が見とうございます」  幾度となく紡がれる徒和の願いは真に迫り、聞いて緋寒の顔が緩む。 「陽の下にて舞うこれは、さぞ麗しきことでしょう」 「光は未だ其が心を掴むか」  桜を見上げる徒和は気付けぬ。刹那に変わった緋寒の面を染め上げるは、すべてを焦がす妬きの炎と。  昏き想いが灯る翠の瞳を見るのは、ただ花開かぬ桜と暗がりだけ。 「陽の下こそ人の生きる域。闇に執するなど、それこそ悪鬼の歩む道でございましょう」 「そなたの心を掴めるのであらば、それこそ修羅道にも落ちてみせよう」 「あなすさまじき。おたわむれを」  戯れ言と思う徒和の声は明るい。それを見、緋寒はふと漏らす。 「なぜ、かように強く桜を望むのか」 「なぜとは」 「桜を慕う所以(ゆえん)を」     
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加