世去りぬ櫻

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 緋寒の問いに、いささか徒和の顔が曇る。しかし、数少なき友の問い、答えねば不義と思ったのであろう、意を決してうなずいた。   「母も無く、父も死に、兄も今は遠き戦場(いくさば)。今やわたくしを知るのはこの桜だけ。諸行無常の広き世に、己とこの木のみなれば、そのすべてを知らんと願うは詮方なきこと」  陽の姫の言葉は重く、なればこそ幽玄極まる声音であった。 「しかし、今は」  詰めよる緋寒の顔は厳めしい。 「おっしゃる通り」  ああ、うなずく徒和の面のいどけなきこと。それからしばらく考えて、童女のように破顔した。 「この桜が咲けば、それは」  口に上るは甘えの言。しかして其は身内に向ける親しみの念。 「祝いにてございます、あなた様との繋がりの」  それこそたわむれにも似た言葉である。なれども緋寒は大きく笑う。  もたらそうとせすは甘露か、それとも遥かに深い蜜月か――緋寒は裾に膝をつき、徒和の衣を押し抱いてはやわらな頬に触れた。  光に満ちてきらめく徒和の目を見つめ、優しくうなずく。   「相分かった。そなたの望み、かなえよう」  軽々しい物言いに、徒和は咎めるようにつぶやいた。   「言うだけならば容易きこと」 「そなたは思うだけでよい。願いは必ずかなえようぞ」  その言葉に偽りは無く、ただ伝わるは真心のみて、知った徒和は心を打たれる。     
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