世去りぬ櫻

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 其が心の意味を違えたままに。      徒和の幸はそれにて終わった。  次第に都のものが口にせすは青竜、白虎、玄武の三つ、そして他の屋敷に住まうありとあらゆる女子(おなご)の恋物語。一夜の男女の睦みごと。  曰く、何処より現れた男、姫君らの心をたやすく奪い、その御簾へ滑りこんだと。  曰く、男は同じ姫の前には姿を見せず、恋の患いにか床に伏す姫の多さよと。  曰く、男のかんばせはいみじくも麗しく、そしてその目は人外の翠だと――  あな、いたわしやは徒和の姫よ。  それは恋ごとでなきにせよ、慕った男の本性に、無垢な心は怯えるばかり。  事の起きようを疎ましく思い、あれほど慈しんだ陽の下にも出ず、野山にもゆかず、ただただ褥で泣き伏すだけ。それこそ、知るものが見れば誰もが(かばね)と見違えるほどには。  陽の射さぬ御帳台、広がる薄暗闇に想い描くは慕いし男の面。それすら忌みじきもののように感じ、徒和はすべてを忘れるために涙を流す。  そのとき――しゃらりと響くは玉簾の()。それでも徒和の面は上がらない。   「約束を果たせり」  ああ……そこにいまじは、何処より来し緋寒の姿。     
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