世去りぬ櫻

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「これこそ齢千年の(まじない)で、ようやく実付かせし我が半身。とくと見よ、とくと愛でよ」  桜が風に触れて揺れれば、聞こえてくるは怒濤の情念。    口惜しや――悲しきか――お恨みまする――    すべては女の強い情け。心をもてあそばれた姫君の苦悩。  信じた男の誠を知らず、闇より深き愛に己をささげた、女たちの昏き悔恨。  桜は咲く。  桜の化身が吸いし女の血の量ほどに、あでやかに。   「恐ろしや」  徒和はわななき、初めて自が業を知る。男の性を知る。 「この日を長く、長く夢見ていた。そなたを誰にも渡すまじ。そう決めていた故」  風の音に混じりしは、すでに用無きうとましき声か。 「これはそなたが望みしこと。愛しきものの望みならば、何故かなえぬことがあろう」  徒和に見せる緋寒の顔は、あまりの凄惨をもっても美しい。 「いいえ――いいえ。かのような諸行、わたくしは」  徒和の悶えに桜が舞い散る。轟とうなる風に散らされ、血の桜が舞を成す。  緋寒の半身はすでに桜と同じ。ようやく誇れし真の姿に歓喜で笑う。 「そなたのために――ただ一人のために咲くこと、それすなわち我が宿命(さだめ)」  徒和を抱くその腕は、これまで奪った血潮のためかかすかに温い。     
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