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しかして重なるくちびるの冷たさは、陽の姫の心を打ち砕き、昏きを得た眼より落涙させる。
「桜など、望まねばよかった」
それでも身に絡まる腕のぬくもりを払うに至らず、降り注ぐ赤き桜を仰ぎ見る。
近くには憎く、おぞましく、それでも優しき男のかんばせ。
「広き世に、諸行の世に二人なればこそ。そなたの言の通りに共に咲こうぞ。永久に、そなたが愛でた桜となって、月の下」
徒和の口よりこぼれんは春風で無し、冬風のごとき切ない吐息。
――二度と陽に還れぬことこそ我が咎か。
業より強い慕情に身を焼かれ、涙しながら徒和は桜へ身を寄せる。
赤く、赤く、ただ赤く。
身と心に注がれるすべては赤。心ゆだねたものも、ただただ赤く。
消えた二人の後、にわかに風は強みを帯びて。
月の下、千年を経て咲きし桜の舞は続く。
宵は、開かずに。
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