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世去りぬ櫻
天頑の都、其が朱雀の場を守りし屋敷に一人の姫あり。
姫の名、人呼んで徒和の姫。美しさ、青龍が屋敷に住まいせる玉揺の姫に、詩の才、玄武が屋敷に住まいせる榊の姫に勝らんとも、その気質はまるで陽のごとしと謡われ、誰からよりも愛された。
徒和の姫、草の葉、花以上に愛でたるもの何もなし。歌を作るでもなく、文を綴るでもなしに野の山に一人たわむれ、鳥と共にさえずる声は雲雀にも劣らぬもの。
今日もまた、徒和の姫は芽吹きし花を愛でたく思うか、一人山の麓を訪れた。
目指すは実をもつけぬ巨木の桜――幼きころより身近にある、琴を弾き根元にて眠った思い深いところ。
しかして桜は一度も咲かず、ただただ青き葉を揺らすだけ。伝わるところによれば、齢千年のその桜、悪鬼の類いか闇夜にのみ咲き、その頃合いですら己で決めるとされていた。
呪われた桜など誰が見るでなし、日々立ち寄るは慕情を寄せる徒和だけ。
けれどその日は一つの人影、すでに桜の元にあり。
髪、茜よりも深い真紅に染まり、直衣は汚れなき白。
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