オドとフロイケの困惑

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ある1LDKのマンションの一室に、帰宅してきたとおぼしき男子高校生がいた。黒いコートを着込み、コートの下からは灰色のチェックのスラックスが伸びる。その先には合皮の靴。 ちょうど玄関の鍵を開けたばかりの彼は、白い息を吐きながら、風の音も届かない静かな室内に入る。 玄関灯をつけ、廊下の明かりをつけ、リビングの明かりをつけ、そしてベランダや窓の遮光カーテンがしっかり閉じているのを確認して、ようやく安堵する。 テーブルの一切ないその部屋の床に、学生鞄を置いて、彼は手にしていたもう1つの荷物をまじまじと見つめた。 小さな赤い紙袋。 中には白い小箱が収まっている。 彼は無言で考え込む様子を見せたあと、キッチンカウンターに置かれた卓上カレンダーを確認した。 2月14日。 彼はそれを目にすると、隣の部屋へ移動した。 隣部屋の和室には、白の丸い台座にそれを囲うような数本の銀の柱とガラス板、一見しても何か判別はつかないそれは、最新のシャワーブースにも見えなくはない。 そのシャワーブースのようなものの正面に取り付けられた小さなモニターには、幾何学模様のような文字列が並び、にぶい光を放っていた。 転送可、と書かれているのを彼は確認した。 そして、そのブースに入り込む。 まもなく彼は光に包まれて姿を消した。 転送先に到着した彼は、目の前に歩み寄ってくる検閲官の名や日付などの基本的な質問に淀みなく返答し、そうしてブースから出た。 「手に持っているものはなんですか?」 検閲官に見咎められ、問われて彼は少しだけいいよどむ。 「研究用のサンプルです」 彼は、嘘はついていない、と自分に言い聞かせた。 「では、検査機にかけましょう」 検査官は転送ブースの脇に設置された検査機を指し示す。 未解明のバクテリアや病原菌、ウイルスの持ち込みを防ぐため、むやみに地球からの持ち帰りをしないのは彼らの間では常識だ。 彼は赤い紙袋を検査機に入れた。 「問題ありませんね」 検閲官はそう答えた。 彼はホッとして紙袋を取り、転送ブースのある部屋から出た。 「おかえり、オド=ミ・スリィ」 彼は自らの出身惑星の研究室へ戻ると、仲間にそう呼ばれて迎え入れられた。
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