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僕はその時ステージの上に居た。
彼女が部下に口説かれて困った表情を見せていた時だ。
宴会のメイン。
部署対抗カラオケ大会。
僕は二番目。
歌は十八番の『栄光の架け橋』だ。
ステージに出てくるまでは僕が座っていた席に部下の木島が腰掛けているのが見えた。気になってずっとそこばかりを見ていた。
酔った部下はしつこかった。
彼女は嫌がっていたのに肩に手を掛けてきて。
ステージから彼女の席までは遠かった。
こんな所で歌ってる場合じゃない!
気持ちだけ焦って、だから無我夢中で叫んだんだ。
『木島!僕の結衣に触るな!』
シンと静まり返った会場。
みんな何が起きたのかと目を白黒させていた。
当たり前だ。
あの歌にそんな歌詞は無い。
司会は僕の同期で悪友の新田。
二人の関係を唯一知る。
『おっと、これはまさかのぉっ』
なんて煽るんだもん。
辺りがどよめく。
奴が出したのは助け舟ではなく、泥舟だったと、大事にしまっていた言葉を発した後に思った。
いつ言おう、とずっと思いながら常に持ち歩いていた白い小箱を取り出して跪いた。
『ゆ、結衣。どうか僕と結婚して下さい!』
静まり返った会場。
恐る恐る顔を上げると、彼女は真っ赤になって口をへの字に曲げていた。
『結衣……』
彼女の名を呼んだ自分の声は緊張でかすれていた。
『夏樹君のバカっ』
そう叫んで会場から走り去る彼女を僕は追いかけたけれど、足の速さでは若い彼女には勝てず途中で息切れして足を止めた。
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