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壁から吹き込む隙間風にも、だいぶ春の暖かさが感じられるようになっていた。
朝の陽射しを受け入れた部屋は、畳の妙な黒ずみや、天井にこびりついた雨染みを一段と目立たせていた。
全体的に見渡す限り、何処もかしこもくすんだ木造の茶色い空間。
本来黄色だったと思われるカーテンも、煙草のヤニか何かでやっぱり茶色く変色している。
そんな感じの築何十年かもわからないボロアパートだから、これ以上石を投げられたら本当に穴が開くかもしれない。
俺は5本入り80円のスティックパンを口に押し込むと、それをインスタントコーヒーで流し込み、急いで部屋を出た。
住めば都と言うけれど、実際慣れというのは恐ろしいもので、外通路に放置されてるゴキブリの死骸さえ、なんらかのオブジェに見えてしまう今日この頃。
早いもので、俺がこのハキダメ通りの住人になってから、もうすぐ4ヶ月になろうとしていた。
初めはそれこそ、見るもの聞くもの全てに脅えまくっていたのに、いつの間にか馴染んでしまっていたのは、間違っても若さゆえの順応性なんかじゃない。
俺にそんなものがあるのなら、そもそもニートになんかなるはずもなく、一重に言えばここの人達のおかげ。
確かにここは、変わり者が多かった。
けれども、当初心配していた特別ヤバいって奴にも、今のところ出会ってない気がする。
逆にそんな変人達だからこそ、俺は気を許せているんだと思う。
社会から爪弾きにされた者同士の傷の舐めあいと言えばそれまでだけど、弱い者の痛みを知ってる人達は、見かけによらず優しかったりするのだ。
高校を卒業した後、4年間引きこもったというコンプレックスも、ここの人間からすれば大したことではないらしいし、
むしろ実家にいた時よりも充実しているんだから不思議なものだった。
そして何より、俺はここへ来て、日雇いだけどもニートを脱却できた。
自分で稼いだお金で細々ながら生活しているという事実は、なんだか急にいっちょまえになったようで、自分に少し自信が持てるのだ。
やたらと軋む外階段を急いで駆けおりたところで、このアパートの一階にすむ住人とハチ合った。
齢70は越えているだろうに、派手な化粧と若作りが過ぎる出で立ちで、住民達からピンクババアと呼ばれている婆さんだった。
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