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「よっし、今日もいっちょやるかぁ!」
やる気満々で入口へ向かったヒミちゃんだが、ふと立ち止まると、訝しげな顔を俺に向けてきた。
彼女の言いたいことは、何となくわかった。
他のメンバー達が先に練習してると聞いていたのに、ここまで来ても、いつものピンポン球の音が聞こえないのはおかしいのだ。
鍵は開いてるようだから、まだ来てない訳ではなさそう。
「気合いの足りない連中が、まだいるようだね」
ふん、と鼻息を吹いたヒミちゃんが、すごい勢いで卓球場に雪崩れ込んだ直後、
中からは、このボロ小屋が吹き飛びそうなほどの大声が上がった。
「コラァァーーッ!!
何サボってんだおまえらっ、そんなんで勝てると思ってんのかっ!」
苦笑しながら後から入った俺に、先にいた2人のメンバーが目線で助けを求めてくる。
2人は1台ばかりの卓球台の上に、柿の種の袋を広げ、呑気にお茶を飲んでる最中だった。
「あぁ、もうっ!
神聖なる卓球台は、茶飲みテーブルじゃないんだよっ!」
「固いこと言わんといてな、ヒミちゃん。
ほら、英語でテーブルテニスって言うくらいやから、やっぱりテーブルやん」
「うるさいシャチョウ、いいから早く片付けてっ!」
ヒミちゃんに怒鳴られ、シャチョウはしぶしぶ柿の種を片付け始める。
この頭頂部の薄くなった腹の出たオッサンは、みんなから“シャチョウ”と呼ばれていた。
実際、廃棄車の部品を東南アジアなんかに売る商売をやってるらしいが、ここの住民である以上たいして儲かってないんだろう。
もしくは、相当な額の借金があるとも聞いているから、いくばくかの儲けは全て返済に消えているのかもしれない。
卓球台を丁寧にタオルで拭きながら、ヒミちゃんはブツブツと説教を続けた。
「だいたい、あの大会に出場しようって言ったのシャチョウだよね?
例えどんな境遇でも、何か目標を持つのは大事なことだ、とか何とか言ってたくせに」
大会と言うのは、毎年市の主催で行われる市民卓球イベントで、男女混合の団体戦でトーナメントが組まれる。
どちらかと言うと、楽しくワイワイ盛り上がる交流目的のお祭りだが、たまにヒミちゃんみたいなガチ勢も、一定数いることはいる。
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