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軽い気持ちで提案したシャチョウも、まさかヒミちゃんが、ここまでスポ根を燃え上がらせるなんて計算外だったろうけど。
思えば俺も、その大会のための人数合わせにここに呼ばれたようなものだから、言い出しっぺのシャチョウには、感謝しなくちゃいけないだろう。
いずれにせよ、暇を持て余し、人生が惰性化しがちなここの住民には、良い張り合いだとは思う。
ところがシャチョウは、何やら口ごもった後、そんな小さな張り合いに突然水を差してきたのだった。
「それがなヒミちゃん、あかんねん。
例の大会な、ワシら出られんかもしれん」
俺とヒミちゃんは、ポカンとした顔を同時に薄い頭に向けた。
カッパの皿に僅かに毛が残った、さながら温泉マークのような頭頂部を、シャチョウはバツが悪そうに掻きながら言った。
「それがな、実は……メンバーが1人抜けてもうてん。
ミミ子のやつがな、この町からいなくなってもうた」
「えっ、ミミ子さんがっ!?
なんでよっ!?」
シャチョウに食いつくヒミちゃんの後ろで、俺の頭にはミミ子さんの大福みたいな丸っこい顔が浮かんでいた。
ここはいろんな意味で行き場を失った者達が、最終的にたどり着く場所なはず。
そこからさえいなくなったと言うことは……まさか……ミミ子さん。
悪い予感が駆け巡り、たちまち青ざめた俺をよそに、シャチョウが言ったのは余りにも予想外なことだった。
「あのな、ミミ子のやつ結婚が決まってん。
何でも新潟のほうの大きな農家らしいんやが……けっこうな玉の輿らしいで?」
「「ええぇぇえぇぇーーっ!!!」」
俺とヒミちゃんの驚愕の声が、綺麗にハモった。
あたふたした顔をお互い見合わせた後、その視線をシャチョウに戻して、更なる言葉を待つ。
ぶっちゃけ、あのミミ子さんが結婚するなんて、そんな話おいそれと信じられなかった。
年だって若くはないし、言っちゃ悪いがあの容姿と体型だ。畜産農家が牛と間違えて連れ帰ったとしか考えられないじゃないか。
「ほら、ミミ子のやつ、夜な夜な女性無料の出会いバーに行って爆食してたやろ?
そこで出会った男に、見初められたらしいんや」
時間の止まった卓球場には、窓から射し込む光の帯に、無数の埃だけがチラチラと舞っている。
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