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持ち前の温厚さでチンピラを落ち着かせたシャチョウは、そのいかつい肩を軽く叩き、更なる説明を促す。
イナズマさんはムスッとしながらも、ポツリポツリと語りだした。
「ミミ子だけじゃねぇんだよ。
ヨウタは新参だから知らねぇだろうが、前にここいた吉川って男。
何やらせてもどんくさい奴だったけどよぉ……
あいつも星の猫を撫でた途端、急にいい会社の正社員が決まっちまって、
ここを出ていったんだ。
ルミっていうAV女優崩れの女もな、あの猫を撫でてすぐ、絶縁されてた親と和解できて、実家に帰ってったよ。
他にもいろいろあるが、俺が良く知ってる人間がこいつらだ。
ここ1年で立て続けにこうまで見せられちまうと、流石に偶然とは思えなくてな。
あの猫は本当に、俺たちをドン底から救いにきた神の化身としか思えねぇんだよ」
何時になく真面目くさったイナズマさんの言い方に、もはや俺は吹き出すことも出来なくなっていた。
願いを叶える、神の猫?
そんなことって、本当にあるんだろうか?
そう言えば初めてここへ来た雪の夜、点滅する街灯の下で、一匹の猫を見たのを思い出した。
あれも確か白猫だったけど、果たしてそれがそうなのか、暗いのと緊張してたのとでよくわからない。
イナズマさんの前では言いにくいが、ここにいる者達は、もう自分の力じゃあ、どうやったって人生を切り開けなくなった奴らばかり。生活保護を需給してる者も多い。
そんな人達が人外の存在に夢を求めたくなる気持ちは、俺にだって理解できる。
でもそんな非科学的なことなんて到底あるわけがないんだから、つまりこれは、辛い境遇で生きる者の現実とう……
「そんなのただの、現実逃避だよっ!」
俺より先に口に出したのは、ヒミちゃんだった。
イナズマさんは血走った目を今度は彼女に向けるが、ヒミちゃんはヒミちゃんで相当な利かん坊だ。
「神の猫だかなんだか知らないけどさ、そんなファンタジーはネット小説にでも任せておいて、アタシ達はもっと現実に迫った卓球大会に集中しようよ」
イナズマさんがあまりヒミちゃんに噛みつかないのは、相手が女の子と言うのもあるだろう。
しかしそれよりも何よりも、ヒミちゃんの祖父さんの松さんには、イナズマさんと言えども決して頭が上がらないのだ。
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