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ヒミちゃんは俺の顔をじっと上目で見つめた後、小さく首を縦に振り、巾着袋からシェークハンドのラケットを取り出した。
公式のラケットなんて高くて買えない俺たちは、ラバーとセットで千円くらいの安物を使っているけど、
それでもヒミちゃんは、ラバーをムースで丁寧に掃除し、汚れ防止のフィルムまで貼っていた。
もともと卓球のセンスがあったのもあるだろうけど、本当にこの子は卓球が好きなんだ。
卓球は昔この地区にとって、希望の象徴だったそうだけど、ヒミちゃんにとっては今だってそう。
こんな場所だからこそ、何であれ自分の存在を輝かせられるもの──つまり生き甲斐って必要だと思う。
「じゃあ、まずは軽いラリーで体あっためようか」
いつもはヒミちゃんが指示する練習メニューを今日は俺が告げると、彼女は無言で頷き、球を打ちよこした。
ピンコポンコピンコポンコと続くラリー。
ヒミちゃんの頭の上で結んだ髪が、リズムに合わせてピョコピョコ揺れる。
ピンコポンコピンコポンコピンコポンコピンコポンコ……
「ねぇ、ヨウタ?」
「なに?」
ピンコポンコピンコポンコ……
「ここにいるみんなは、こんな環境だからさ。
昔持ってた夢とか願望なんて、とっくに諦めちゃってるのかな?」
ピンコポンコピンコポンコピンコ……
「うーん……どうだろ?
まぁ、そういう人のほうが多いとは思うよ」
ピンコポンコピンコポンコピンコポンコ……
「だよね。
でも、星の猫のことで、みんながそんな無くした夢をもう一度思い出せるのなら、それはいいことなのかなぁ……」
ピンコポンコピンコポンコ……
「そうだなぁ。
確かに、生きる活力には繋がるかもね」
ピンコポンコピンコポンコピンコポンコ……
「ヨウタ、わかる?
みんなの願いはそれぞれ違うけどね、みんなの願いに共通してることがあるんだよね」
「共通?
お金ってこと?」
ピンコポンコピンコポンコピンコポンコ……
「それも勿論あるけどさ。
ニョロさんみたいに、必ずしもそうじゃない人だっているし。
共通するのはね、みんなここを出ていくってこと。
夢を叶えるためには、こんなとこ一刻も早く抜け出したいってこと」
ピンコポンコピンコポンコピンコポンコ……
「……まぁ……そうかも」
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