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高くトスされたピンポン玉に合わせて、ニョロさんのひょろ長い体が波打つようにうねった。
後ろで結った長い髪が、動きにそって弧を描き、彼女のメガネがギラリと光る。
平べったい胸の下、鋭く振られたシェークハンドに、俺は全神経を集中させた。
あれは……下切り……いや、横切りだ!
下にカットしたと見せかけて、ラケットを戻す瞬間右に切ったのが見えた!
このまま打球を突っつけば、球は左にそれてしまうだろうが……その手には乗らないぞ。
「ニョロさん、見きったり!
……あれっ!?」
右回転を相殺するカットで返したはずの球が、逆に大きく右に飛んでいってしまい、そのまま台から軽々とオーバーしていく。
う、ウソだろ……今の左回転だったのか!?
唖然と立ち尽くす俺の前で、ニョロさんはニヤリと笑ってメガネを指で上げた。
「ふっふっふ……ヨウタくん、まだまだですね。
見極めが甘いです」
「くっそぉ、何だよそのサーブ。
ニョロさんて、いったいいくつサーブ持ってんのさ?」
「さあ。
わたし、日々新サーブの開発に勤しんでおりますから。もはや数えておれないくらいにはなってますね」
我ら卓球チームのニョロさんは、仲間内からサービスの魔女と呼ばれている。
今日も新サーブの練習台にされた俺は、成す術もなく、彼女の手の上で転がされ続けたのだった。
「よしっ、代われヨウタ、今度はあたしがやるっ!」
腕捲りして登場したヒミちゃんは俺を押し退けると、重心を低く屈めてニョロさんと対峙した。
ニョロさんは、おそらく30代半ばくらいだろう。
自称アーティストである彼女は、年がら年中工房に閉じこもり、ガラクタを集めて何やら作っているらしい。
その作品というのを俺はまだ拝見したことがないが、見た人の話によると非の打ち所のない完璧な“カオス”なんだそうだ。
ある意味、俺たち卓球メンバーの中でも一番の変わり者。
だけど彼女ののほほんとした性格は、みんなの気持ちを程よく和めていた。
「うわぁっ、やられたっ!
ニョロさん、もう1回っ!」
流石にヒミちゃんは、ニョロさんのサーブを何とか台にインさせたみたいだけど、緩く浮き上がった打球は、かっこうのスマッシュの餌食になっていた。
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