第2話 ~伝説の英雄~

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. 本当に無知な非国民に、ニョロさんは仕方ないとばかりに説明してくれた。 「今から20年以上前になりますが。 星野選手はここの地区出身の卓球選手でね、オリンピックの日本代表にも選ばれたんですよ。 腐りきってたハキダメ通りの住民達も、その時ばかりは地区総出で盛り上がったと聞いています。 なんせ、自分たちみたいな境遇の者でも、頑張れば一翼脚光を浴びることができるっていう、希望の指針だったそうですからねぇ」 なるほどなるほど。今の話しで色んなことに合点がいった。 この地区にかつて卓球ブームが巻き起こったというのも、そういうことだったんだ。 世間から鼻つまみにされてきた者が、恵まれた環境の強豪どもをバッタバッタと薙ぎ倒す様は、さぞや痛快だったろう。 “星”というのは星野選手の“星”だろう。 そして彼が、ここの住民へ与えた“希望” あと1つ、“猫”がどう関連してくるのか、ニョロさんの話の続きを待つ。 「星野選手の全盛期……中国で行われた世界選手権で準優勝したあたりでしょうか。 彼の卓球界での異名は、“日本の灰猫”だったんですよ。 灰猫って言うのは、まあ、煤汚れた猫って意味で、この出身地を揶揄したんでしょうがね。 でも実際、星野選手の猫を思わせるようなしなやかで俊敏な動きは、多くの敵プレイヤーを翻弄したと言われています」 うん、うんと、ヒミちゃんが何度も俺に頷いて見せ、今ここに、3つのワードが重なった。 言われてみれば、偶然とは言え奇妙な一致に思えてくる。 卓球大好き少女のヒミちゃんからすれば、多かれ少なかれその影響を星野選手からも受けているだろうし、きっと羨望の的でもあるんだろう。 一時は話を反らそうと試みたヒミちゃんが、今はすっかりミイラ取りがミイラになって身を乗り出していた。 スポーツドリンクでチビリと口を湿らせると、ニョロさんは改まった顔で言った。 「わたしはこう思うのです。 もしかしたら……星野選手が猫に転生して、この地区に戻ってきたのかもしれない……と。 このハキダメ通りに、再び希望を与えるためにね」 「あの星野選手がっ!? ニョロさん、それほんとっ!?」 「さぁ、本当かどうかはわかりませんが…… 決して有り得ない話ではありませんね」 いやいやいやいや、決して有り得ない話でしょうが! ニョロさん、ヒミちゃんに余計なこと吹聴しないでくれよ! .
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