第2話 ~伝説の英雄~

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. 「ヒミちゃんて、よっぽど卓球が好きなんだね」 「うん……なんかさ、子供の頃から卓球の音が、なんとなく心地いいんだ。 ピンポン玉が弾むあの音に、不思議と心が安らぐって言うか……」 「ふうん、珍しい感受性だね。 まさに天性の卓球少女なんじゃない? もしかしたらヒミちゃんも、世界を相手にできる卓球選手になれるかもよ?」 「まさか……あたしにそんな実力はないよ。 もし仮に、あたしに凄い卓球の才能があったとしてもさ。こんな環境やこんな安物のラケットじゃ、そんなの無理に決まってる。 なんかさ、生まれた時の環境で、その人の人生ってだいたい決まっちゃうよね」 月を見上げて赤らむヒミちゃんの横顔が、なんだか切なく見えた。 親が貧乏なばかりに、大学に行けない子供の話なんかは良く聞く。 実際それを宿命として、自分の未来の可能性を狭めてしまう者も多いんだろう。 それでも星野選手は、それを跳ね退けて成功したんじゃないか。 だからこそこの地区の、希望になったんじゃないか。 微かに聞こえたヒミちゃんの溜め息に、何となく俺は悟った。 星野選手はこの地区にとって、目指すべき指針ではなく、誇るべき伝説になっているのだと。 ヒミちゃんでさえも、とっくに彼の事は、手の届くはずのない雲の上の存在になってるんだろう。 全ては“金”によって動かされる世の中。 現実とはそういうものなんだろうけど、かく言う俺はどうなんだろうか。 親父はけっこうな高給取りで、何不自由ない家庭だとは思う。 それでも俺は実家にいた時よりも、ここにいる方がはるかに満たされているのは何故なのか。 ヒタと肩に置かれた手の感触は、ニョロさんのものだった。 彼女は2人の肩に手を乗せ、月の光でメガネを赤く反射させながら言った。 「古代マヤでは、赤い月というは新しい流れの象徴だったのです。 同時にマヤでは、猫は神の使いとして崇められていました。まぁ、バステト神なんかが代表的な例ですね。 先のことなど、ここに限らずどこに住んでる人だってわかりませんが…… 星の猫がわたし達にとって、良い流れをもたらしてくれることを願いましょう」 .
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