32人が本棚に入れています
本棚に追加
.
ファミレスの電光看板が、明かりの消えたビル達を仄暗いオレンジ色で浮かび上がらせていた。
さっきまで仕事帰りのサラリーマンで賑わった大通りも、今は誰も渡らない横断歩道に青信号だけが取り残されている。
大きな街とは言え、この寒さだ。
深夜2時ともなれば流石に人はほとんどおらず、よくいる酔っぱらいの類いも今夜ばかりは見当たらなかった。
銀行とコインパーキングに挟まれた暗がりに、俺はじっと息をひそめる。
かじかんだ手をポケットに入れたところで、もう感覚が戻りそうにもなく、
空腹がさっきまでの戦意を、だんだんと虚ろにしていくのがわかる。
そんな俺を叱咤するみたいに、頭に積もり始めた雪が、冷たい刺激を染み入らせにきていた。
(この、意気地無しが)
親父の言葉を噛みしめなおし、冷えきった心に暗い炎を再燃させる。
(悔しかったら、自分の力で生きてみろ)
ああ、いいだろう。
俺は生きてやるさ。あんたの最も卑下する生き方でな。
すぐに視線が捕らえたのは、目の前の歩道をやって来る1人の男だった。
背筋や足取りはしっかりしているものの、短く刈った頭はほとんどが白髪で、一見して老人だとわかった。
長い間引きこもっていた俺に体力的な自信はないけれど、相手が老人ならば、22才というこの若さに利があるかもしれない。
老人は俺に気づく様子もなく、急ぎ足で前を横切って行く。
ネカフェに泊まる金もつきた俺に、躊躇してる暇などもうなかった。
善性の声から耳を塞ぐように、深くフードを頭にかぶると、俺は出来るだけ音をたてずに歩道に出た。
自分の心音が、老人に聞こえるのではないかと思うほど、激しく高鳴っているのがわかる。
その尻ポケットからはみ出した財布に吸い寄せられるようにして、俺はしばらく付かず離れずの距離を保ち、男の後ろをついて行く。
あと100メートルもすれば、コンビニに出るだろう。
その明かりを過ぎれば、道は陸橋下に繋がるはずで、そこは確か街灯がない。
刻々と迫るチャンスの場に、喉がカラカラに乾くのを感じながら、
ポケットの中では凍えた指を懸命に動かし、来るべき時に備えてウォーミングアップを始めた。
.
最初のコメントを投稿しよう!