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何がどうなったのか全くわからなかったが、気がつけば俺の右手が、老人の手によって捻り上げられていた。
驚いて振り払おうとするものの、こんなしわくちゃな手のどこにそんな力があるのか、全く微動だにしない。
それどころか、もがけばもがくほど手首がひねられ、俺は情けない悲鳴とともに無駄な抵抗を諦めたのだった。
通り過ぎるタクシーのヘッドライトが、老人の険しい表情を左から右に照らし出す。
白い顎髭を蓄え、老いてなお気勢を失わない眼光が、たちまち俺に負けを悟らせた。
「小僧、こざかしいことを」
低く、静かだが、威圧のこもった声だった。
対する俺は、我ながらなんとも情けない、小物悪党感丸出しの台詞だ。
「ぐっ……ぐあぁっ、ちくしょう!
離せクソジジイッ!!」
「この老いぼれならば、盗れるとでも思ったか?
見るところ、初犯の素人だな。立ち回りがまるでなってない。
少し頭を冷やすがいい」
「くそっ、警察でもなんでも突き出せばいいだろっ!」
「ふん……」
「……っがっ!?」
手首のねじれと同じ方向に脚が払われると、俺の体は容易く天地がひっくり返り、
あっ、と思う間もなく地面に叩きつけられた。
投げ棄てられたゴミのような俺の上に、雪がしんしんと降り注いでいく。
冷たいアスファルトの感触が、興奮と混乱をしんみりと冷ましていく。
ああ、俺はなんて不様な生き物なんだろう……
悔しさと情けなさが涙となって溢れ、次第にそれは嗚咽へと変わっていった。
(ふん、お前は何をやっても半端者だな)
親父にそう言われたのは、いつだったろうか。
そう、あれは確か中学の時、部活を辞めた時だった。
楽そうなイメージで入った卓球部の練習が思いのほかキツくて、なんだかんだで総体前に挫折したんだ。
あの時、口だけはわかったような能書きをたれたものだったが……
やっぱり俺は親父の言うように、ダメな人間なのかもしれない。
警察に突き出されれば、当然親父にも連絡が行くだろう。
そしてあいつは、同情も哀れみもない目で、ますます俺を蔑むに決まっている。
いっそのこと、このまま雪に埋もれて消えてしまいたかった。
俺なんか、この世から無くなればいいと本気で思った。
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