第0話 ~雪夜の街からプロローグ~

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. 何がどうなったのか全くわからなかったが、気がつけば俺の右手が、老人の手によって捻り上げられていた。 驚いて振り払おうとするものの、こんなしわくちゃな手のどこにそんな力があるのか、全く微動だにしない。 それどころか、もがけばもがくほど手首がひねられ、俺は情けない悲鳴とともに無駄な抵抗を諦めたのだった。 通り過ぎるタクシーのヘッドライトが、老人の険しい表情を左から右に照らし出す。 白い顎髭を蓄え、老いてなお気勢を失わない眼光が、たちまち俺に負けを悟らせた。 「小僧、こざかしいことを」 低く、静かだが、威圧のこもった声だった。 対する俺は、我ながらなんとも情けない、小物悪党感丸出しの台詞だ。 「ぐっ……ぐあぁっ、ちくしょう! 離せクソジジイッ!!」 「この老いぼれならば、盗れるとでも思ったか? 見るところ、初犯の素人だな。立ち回りがまるでなってない。 少し頭を冷やすがいい」 「くそっ、警察でもなんでも突き出せばいいだろっ!」 「ふん……」 「……っがっ!?」 手首のねじれと同じ方向に脚が払われると、俺の体は容易く天地がひっくり返り、 あっ、と思う間もなく地面に叩きつけられた。 投げ棄てられたゴミのような俺の上に、雪がしんしんと降り注いでいく。 冷たいアスファルトの感触が、興奮と混乱をしんみりと冷ましていく。 ああ、俺はなんて不様な生き物なんだろう…… 悔しさと情けなさが涙となって溢れ、次第にそれは嗚咽へと変わっていった。 (ふん、お前は何をやっても半端者だな) 親父にそう言われたのは、いつだったろうか。 そう、あれは確か中学の時、部活を辞めた時だった。 楽そうなイメージで入った卓球部の練習が思いのほかキツくて、なんだかんだで総体前に挫折したんだ。 あの時、口だけはわかったような能書きをたれたものだったが…… やっぱり俺は親父の言うように、ダメな人間なのかもしれない。 警察に突き出されれば、当然親父にも連絡が行くだろう。 そしてあいつは、同情も哀れみもない目で、ますます俺を蔑むに決まっている。 いっそのこと、このまま雪に埋もれて消えてしまいたかった。 俺なんか、この世から無くなればいいと本気で思った。 .
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