第0話 ~雪夜の街からプロローグ~

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. どうやら俺は、地元の人間でもおいそれとは近づかない、アンダーグランドな場所に踏み込んでしまったらしい。 社会経験もないニートが潜入するには、あまりにも大冒険すぎて身が萎縮してくる。 嫌な予感しかしてない俺を、老人は意にも関せず、慣れた様子で話しかけてきた。 「見ての通りの所だから、たいしたものは出せないが…… それでもうちの料理は、決して不味くはないと思うぞ」 ずっとだんまりを決め込んでいた老人が、初めて振ってきた会話らしい会話だ。 長い無言の気まずさが、ようやく払拭できると言うのに、俺の声は喉に貼りついて出てこないでいる。 後悔が冷や汗となって伝う中、 それでも今さら引き返せない意地との天秤が、俺の靴を地面にへばりつかせてしまった。 「どうした小僧、腹減ってんだろう?」 「う、うん……」 「なんだ、ここまで来て怖じ気づいたか?」 「そ、そんなわけねぇだろっ!」 「そうか。 なら、行くぞ」 再び歩き出した老人を急いで追いかけたのは、こんな場所に1人で置いていかれるほうが、むしろ恐怖だったからかもしれない。 とにかく、異様な空気が漂うこの闇のどこかから、何者かの視線を感じるような気がして怖かった。 いや、視線だけじゃない。 暗がりに潜む“気配”みたいなものを、さっきから俺は確かに感じていたと思う。 そんな気配が、とうとう聴覚を通して存在を知らしめてきたのがその時。 2つの足音の僅かな間に入った小さな音に、俺は水でも被ったみたいに跳び上がると、おそるおそる振り返った。 ちょうど、チカチカと点滅を繰り返す街灯の下。 塀の上にいたシルエットは1匹の猫であり、俺は深いため息で胸を撫で下ろした。 それにしても、こんな場所には不似合いな、白くて、しなやかで、美しい猫だった。 額には赤みのある大きな斑点模様が、ワンポイントで際立っている。 忙しなく明暗瞬く電気の下で、猫はじっと俺を見つめているようだった。 「どうした小僧?」 「いや……猫が……」 「猫? そんなものが珍しいわけではあるまい。 さっさと来ないと置いていくぞ」 「あ、い、行くから!」 慌てて歩き出して間もなく、なんとなく後ろ髪を引かれた俺は、少しだけさっきの塀を振り向いて見た。 そこにはいつの間にか猫の姿がなくなっており、チカチカと点滅する光の中には、雪だけが静かに舞っていたのだった。 .
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