北風の忘れもの

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 あれから季節が過ぎ、夏になった。  大学からの帰り道。地面から立ち上る熱気に、汗が垂れる。 「ふー、ただいま。」 玄関を開ける。業務用冷蔵庫がゴウンゴウンと鳴っている。鞄を床に置いて、ベッドに腰掛ける。 「…静かだな。」 溜め息混じりにつぶやく。実際には業務用冷蔵庫の音がうるさいくらいだが、銀花の明るい声と比べれば静かに感じてしまう。冷蔵庫に近づき、上蓋を上げる。  そこには銀花が眠っていた。どうやら昼寝中らしい。頬をつつくと、いつもの可愛らしい笑顔を浮かべる。  あの日、僕はあの水溜りを見て、すぐに何があったのか理解した。気付いたときには、銀花だった水溜りを必死に集めていた。無駄だと思いながらも銀花だった水を容器に集めて、業務用冷蔵庫に入れた。  そうしたら、半日後には銀花は元に戻った。ただ水の集め方が悪かったのか、元々小柄だった銀花は人形サイズに縮んでしまっていた。  彼女の姿を見たとき、僕は情けないことに銀花の前で声を出して泣いてしまった。恥ずかしさはあったが、これからも銀花と一緒に居られるならどうでもよかった。 「ん…。」 銀花が目を覚ます。目の前に僕が居たことにビックリしつつ、顔を真っ赤にしながら聞いてきた。 「…いつから見てたの?」 「え、可愛かったから覚えてない。」 銀花の困った顔を見たくなって思わず意地悪な嘘をついてしまった。  銀花の頬が膨れだした。その顔を見て、自然と笑顔になった。  来年の春には、銀花はきっと遠くに旅立ってしまうのだろう。  だからこそ、この雪女との非日常を今は大切にしていきたい。
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