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河口
赤い布が川面に揺らめいていた。誰かが私に語り掛けている。名を呼んでいるようだが、はっきりとは分からない。どこかでほんのりとした白粉の匂いがしていた。身体がゆっくりと広い所を漂っていた。
ちょうど、ぬるま湯につかっているような、ここちよさだった。それは抜けようとしても、抜けられない苦しさだった。
かすかに瀑布の音が聞こえそれが段々、近づいてくる。
私はいずれそこに吸い込まれることを遠い記憶をたどるように自覚していた。
Ⅰ
バス停を降りると悪臭が鼻をついた。赤と白との巨大な煙突は今日も乳白色の煙を曇天に吐き出している。本間は空を仰いだ。もう何年もこの臭いにはなれているはずであるのに、今日はいやに体内にからみつき、吐き気さえもよおすのだった。ハンカチで口を押さえた。ほんの数年まえまで田園の中にあった工場のまわりには住宅がひしめきあいながら建っていた。その中に彼の家もある。
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