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それにしてもこの臭いは、自分がすでに老域に入ってることの証拠であろうか。風邪でやられた喉にはこたえる。長年勤務してきた会社を定年退職したのは2年前のことであった。妻のサトが死んだのは3年前である。それにしてもこの臭いは…彼は臭いからのがれる如く自分の家に足を急がせた。
彼の家はちょうど風むきによってか、工場の悪臭が漂ってくることは少ない。10年前やっとのことで建てた家だ。工場の近くということもあり家人は大いに不満をもったが、返済ということもあり又、他に手のとどく物件も見あたらないこともあり、ほぼ優柔な彼にはめずらしく彼一人の独断で決めてしまったのだ。この狭い、二階建ての家に彼は彼の半生をかけてきたことになるくどくどとたびたび家人は「ほかにいい所がまだあったはずだ」と言う。そして長男夫婦が今一緒にくらしている。そう昨夜も家を出る出ないで口論となったばかりであった。
いつもの習慣でポストの蓋を開けた。往復ハガキが一葉あった。何年ぶりだろうか。戦友会の報せだった。十一月三日だから一ヶ月先である。家に入る「おかえりなさい」嫁の里美の冷たい、ほとんど事務的な声がかけられる。それが本間には重荷のように一時(いっとき)だけのしかかる。昨夜の口論も何もこの臭いのせいばかりではないのだ。そう彼自身の今頃の行いによる。
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