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「ああ上ってもらって下さい」嫁に対して不自然な敬語を使っている自分に気付く。里美は情けないというようなためいきをつき、再び襖の向うに消えた。三村はなよなよとしたやせ気味の老人だ。彼も五年前に妻を失い子ども達にも去られ、一人暮しの生活を送っている。本間が彼のことに気付いたのは三村の妻の葬儀の時であった。三村は町内でも評判の愛妻家で知られ、日曜ともなれば近くの公園を夫妻づれで歩いているのがみかけられた。
それの反動でもあったからだろうか。祭壇の前で気落ちし一言もしゃべらないでしょんぼりくれている姿を本間はどうしようないほどの哀れさでながめたのだった。自分達の世代とはいったい何なのか。
青年期、あの戦争によって身をけずられ、戦後高度経済成長によって身をけずられ、のこる物といえば…三村もただ一人の心のよりどころである妻に去られた。あと数年で定年を迎える自分にのこされるのは何なのだろうか。そうそしてのこったのが…
「純ちゃん、タイヤキ買ってきたんだ。おいしんだよわざわざ中町までいってきたんだ」
「そうかい、じゃお茶入れるから」
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