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「お父さん、入りますよ」息子の竹郎の声だった。本間は電気をつけた。蛍光灯はブーンと音をたてた。竹郎は太った体を部屋に入れた。まだ背広姿であった。「あの人また来たそうですねいったいどういう訳なんです」本間はいつものように黙った。「俺はもう何も言えないよ…もうはずかしくって、今日も人目をさけるように家に入ったんですよ。そう自分の家にね。」竹郎は興奮し、言葉も少し上ずっていた。
「あそこのじじいはホモだって。表だっては言いわないさ、俺だって信じたくない、父さんだってそれならそれで改めてくれればいい、そんな疑いなど根も葉もないことだって示せば…それなのに人前で手をつないだり、物陰で…とにかく俺たちのことも考えてくれよたのむ。里美を見ろこのところあんなに変って。いいかい今後一度でも三村さん…会ったら、俺達はここを出していくからね」
竹郎はいやなものを吐き捨てるように言い終ると部屋を出ていった。
本間はまた机に向った。秋も深さを増していた。生きのこった虫だろう。力ない羽の音が聞こえてくる。本間はこの静かな時間がとてつもなく貴重なもののように感じる。しかしこのような時も確実に失われていくことも知っている。
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