無邪気と球根

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   彼の目前に立ったのは、穏やかな笑みを湛えた一人の壮健な老婆であった。 「お久しぶりです、バア様」 「久しいねえアキ!道中疲っちゃろ?そら、乗ってけ」  言うが早いか彼の祖母は雪の上へとしゃがみ込む。見ればわざわざ防寒具の上から馬具を着て来てくれているのが目に留まった。彼はもう子供じゃなし荷物もそれなりに抱えているので断ろうとも思ったが、身内の顔を見たせいかどっと疲れが湧きだしてしまっていた。申し訳なく思いつつも背に跨り鐙に足を掛けると祖母は機嫌よく笑い立ち上がった。目線の高さが7尺近くになる。  その背に揺られていると、彼は祖母と同じく馬人(ばじん)だった父の背に、幼い時分跨って遊んだ事を微かに思いだした。このように乗せてもらうのは何時ぶりだろうか。人一人乗せ、かんじきを付けているにも拘らず、彼女は跳ねるように雪の上を駆け抜けていく。この坂を下ればもう間もなく、彼女の住む集落『シラクワ村』である。  
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