無邪気と球根

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無邪気と球根

   都を出発してから二週間以上経過した今もなお、彼は目的地には到着できずにいた。例年と比べだいぶ早くに降った雪のせいで山道が悉く閉鎖されてしまったのが災いしたのだ。  それでも途中寄った村で買った雪蓑とかんじき、脛まで覆う藁沓のおかげで踝まで埋まる雪道でも存外快適に歩みを進められている。  この調子なら、あと半刻も歩かぬうちに辿り着くだろうと彼が自身を奮い立たせていると、ふと道の向こうからこちらに近づいてくるかすかな足音が彼の耳に届いた。道は両脇を林に挟まれた一本道で、左手へ向かって湾曲している緩い下り坂である。誰か集落の者だろうかと思い彼が伸びあがり目を凝らすと、懐かしい灰色がかった一つ纏めの長髪が見えた。  彼が手を振りながら大声で呼びかけると、此方に気づいたらしい彼方の人は手を振り返し走りだした。ざくっざくっと雪を踏み締める音はあっと言う間に近づいてくる。  
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