彼の物語

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彼の物語

 これは夢だな、そう思う時がある。  それはとても居心地のいい夢の世界だった。  しかし、突然聞こえた電子音が、その世界が崩れていく時間もろくに与えずに消し去った。  そして、現実世界に戻ってきた僕の耳元で携帯電話が鳴り響く。  僕は布団の温もりから右腕だけを出して、携帯電話を探す。程なくして枕元に転がっていた携帯電話に触れる感触があった。手探りでアラームを止める。  目の前に引き寄せると午前六時半であることがわかった。  ベッドから体を起こす。何だか身体が重い。半分も開いていない目に映る白い壁は僕の部屋のそれとは違う。  ここはホテルの部屋だった。小さな部屋だが、綺麗に整っている。自分の荷物だけが異物のように見える。  寝心地のいいベッドだったが、それでもいつもより身体が重い。やっぱり慣れというものは大きいものなのかもしれない。  部屋に備え付けのポッドのお湯でコーヒーを入れる。昨日、駅のそばのコンビニで買ったドーナツを口にしながら、携帯電話でニュースサイトを見る。  相変わらず不安定な政治事情、また日本人が海外移籍を果たしたサッカー、初めて名前を聞くアイドルの引退記事、それらを何となく目を通し、頭をゆっくりと起こしていく。  六時五十分になったので、僕は着信履歴を開き、ある名前をタップする。 『佐々木美優』  ディスプレイをその名前が横切っていく。僕が幼い頃から数えきれない程に見てきた名前だ。  コール音が何十回だか鳴ったところで 『はい……』  という眠そうな声が聞こえた。 「おはよう。もう朝だよ」  電話の向こうで、あくびをしている気配がした。 『うん……。起きた……』  美優の眠そうな声が聞こえる。 「じゃ起こしたから」 『……七時になっても、私から何もLINEしなったら……、また……電話してれる?』  それはまた寝るかもしれないということか。 「いやいや、二度寝するなって」 『うん……、わかってるって……』  かすかな声が聞こえた。なんだか怪しいが、僕は電話を切った。  コーヒーを飲んだのになんだか喉が渇く。ホテルの部屋というのはどうしてこうも乾燥するのだろう。 『絶対、加湿器付きの部屋がいいって』  という美優の意見は聞いておくべきだったのかもしれない。  僅かに残ったコーヒーを喉に流し込んで、僕は身支度をするために立ち上がった。    七時六分になり、LINEが来た。 『優斗の嘘つき! 七時過ぎてるのに電話してくれなかった!!!!』  そんな文章が、怒りマーク付きと共に送られてきた。    起きているようで何よりだ。役目が一つ終わったので、僕は歯磨きをするために洗面所に向かった。  三日続いた私立大受験も今日で終わり。  地方に住む僕は、いくつかの私立大学受験のために短期間ではあるが、東京に滞在していた。美優もまた、別の私立大学を受けるために、別のホテルに泊まっている。  
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