彼女の物語

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 ホテルを出ると冷たい空気を感じた。  雪が積もっているとはいえ、二、三センチといったところだ。空気も凍てつくようなものではない。  私はきちんと除雪されていない道を歩く。周囲を歩く人たちは、随分と慎重に歩いている。私にとっては歩き慣れた雪の道だ。恐れることはない。  なんだか気分が高揚してきた。  幼い頃から雪が降るとドキドキする。言いようのない楽しい気持ちになる。  私の生まれ育った町とは比べようもない少なさだが、この雪は私の追い風になるような気がした。 *  試験会場には割と早く入った。会場は階段状に長机が並ぶ大きな教室だった。私は座席は、前から四列めの席だった。   試験開始時刻は、予定より三十分後ろ倒しになった。交通機関の乱れが考慮されたのだろう。私の隣に座った女子などは入場できるギリギリの時間に息を切らせてやってきていた。  試験自体は、落ち着いて取り組むことができた。  課題だった数学も、過去問に取り組んでいたかいがあって、手が付けられないような問題はなかった。円に内接する図形の問題もすんなり解法に辿り着けた。この前、優斗に教えてもらえて本当によかった。 「はい、そこまで。筆記用具を置いてください」  静寂に包まれた教室に、試験官の声が響く。私は大きく息を吐きだし、シャープペンを机に置いた。  解答用紙があっという間に回収されていった。  やっと終わった、と思うと全身の力が抜けていくような気がした。まだ合格発表も出ていないのに。  ほぼ同じ時刻に優斗も受験が終わっているはずだ。  東京駅で偶然会えたりしないかな、そんなことを思いながら筆記用具と受験票をカバンに入れて、私は立ち上がった。
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