彼の物語

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*  ホテルのロビーでチェックアウトの手続きをしていると、再びLINEが鳴った。 『あとで東京駅に着いたら連絡ちょーだい』  そんなメッセージの後に、見たことのないキャラクターが拝むスタンプも付いていた。  美優も今日で私立大学の受験が終わるので、午後の新幹線で一緒に帰る約束をしている。  僕は、チェックアウトを済ませると、足元に置いていたショルダーバッグを担ぎ、ホテルを出た。  自動ドアを抜けると、冷たい風が僕を吹き付けた。雪が降っているわけでもないのに、その風はとても冷たく感じられた。  「東京の冬だって寒い」と言っていたのは、中学の頃に東京から来た転校生だった。雪もほとんど降らないし、嘘だろうと思っていた。  しかし、いざ東京に来てみると、彼の言っていたことは本当だったと知る。ここ三日間と東京に滞在しているが、朝や夜の風は冷たい。気温が五度はあるはずなのに体感温度は本当に冷たい。  さっきまで暖かかった手があっという間に冷たくなってきた。僕は手をポケットに入れて歩いた。  ホテルから大学へ向かって歩いていると高田馬場駅から歩いてくる学生らしき集団がゾロゾロと歩いているのが見えた。僕もその集団にに混ざり、目的地へと足を進めた。  何だかまだ喉が渇く気がする。外の空気も乾燥しているのか、それともただ緊張しているだけなのか。  携帯電話で時間を確かめようとすると、またLINEが来た。 『東京寒すぎ! 単語見てるだけで手がかじかむんだけど!!!! 鼻水も出てくるんだけど!!!!!! 雪がないのは嬉しいけど』  アプリの単語帳を見ながら歩いているってことか、危なっかしいことしてるなぁと思いつつも、僕は笑みを抑えることができなかった。どうしてこいつのLINEは僕を和ませるだろうとも思った。  少し力が抜けた感覚があった。  試験はうまくいく、そんな気がした。  あっちも試験がうまくいくといいのだけど。
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