彼の物語

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*  新幹線に乗り、指定席に座る。  座席でコートを脱いだ美優の服装に僕は驚いた。 「なんで制服?」  彼女は自分の高校の制服を着ていた。見慣れた紺のブレザーだった。  僕の質問に彼女は目を見開いて驚く。 「え? 受験って制服で受けるものじゃないの?」 「別に私服でいいだろ。浪人生が昔の制服着てきたりしないだろ?」 「そっか。周りはみんな浪人生なのかと思ってた……」  これを本気で言っているかもしれない彼女が怖い。 「センターのときはみんな制服だったのに…」 「センターはオレも制服で行ったけどね」  僕がそう言うと、美優は不機嫌そうな顔をした。  といっても、この顔は演技の不機嫌な顔だ。慌てることはない。 「あー、なになに? ちょっと都会で受験だからっておしゃれに私服で受験ですか? やだやだ」 「いや別に都会で受験だからとかじゃなくて……」 「ヤダなー。なにそのチェスターコートにニットとか? 都会人に染まってみてる感じ?」  去年から来ているコートや私服で受験したことでここまで言われるとは思っていなかった。半ば呆れた僕を気にすることもなく美優は「まー、いいんだけど」と、一言で自分が散々引っ張った話題を終わらせる。  彼女はキャリーケースにひっかけていた紙袋を外した。どこかのおしゃれなショップで取り扱ってそうなデザインの袋だった。  そして、その袋を僕に向けた。 「とりあえず私立受験編お疲れってことで」  僕はその紙袋の正体がわからないまま受け取った。 「なにこれ?」 「チョコレート」 「チョコレート?」  「明日はバレンタインじゃん?」  何を言っているんだ、オマエは! とでも言いたそうな顔で美優は言った。そういえば今日は二月十三日だったか、と僕は思った。 「優斗のことだから、明日からまた国立大に向けて勉強するんだろうし、渡すなら今日しかないと思って。今朝もモーニングコールしてもらったし、勉強もつきあってもらってるし。お礼ってことで」 「へぇー、美優がそんなお礼なんてくれると思わなかった」 「たまにはね」  本当に貰えると思っていなかったので、なんだかこのおしゃれな紙袋が神々しいものに見えてきた。
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