<第19章>タクトの気持ち

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<第19章>タクトの気持ち

岡田拓人ことタクトは、 盆明けの初日、 勤務している音成動物病院へ出勤して 院長に、まゆこの病気のことを聞かされた後だった。 まゆこの事は、 彼がこの病院で働きだしてからずっと 憎からず想ってはいたが、 自分が年下過ぎて、相手にされていないと感じていた。 おまけに偏屈なところがあるとは言え、 タクトよりずっと仕事は出来るし、 昔からの患者には 兄の院長よりよほど信頼されている。 盆休みの間に、従兄弟の彼女に失恋した傷を、 彼女に会うことで癒そうとしていたタクトは、 急激に変化したまゆこの外見に、戸惑っていた。 “別人のようにあか抜けている。” 元々年齢よりは若く見えている人だが 洗練されて、大人の色気が出ていた。 “男でも、出来たのだろうか?” タクトの胸が ざわついた後、痛くなった。 ずっと一緒に仕事をしていたのに 冗談混じりに口説くばかりで、 何年も、何もできずにいた事が悔やまれた。 そして、たった数日で 彼女を変えてしまった男に、彼は嫉妬していた。 「大分に、イイ人居たんか?」 彼は自分の事はさておき、探りを入れると 辛い告白が待っていた。 彼女は絶望した顔で、涙を拭っている。 俺なら、こんな顔はさせないのに。 と、思うと 気がつけば思わず、彼女を抱き締めていた。 腕の中の彼女は、戸惑った顔で彼を見上げた。 「どうしたん?」 そう無邪気な顔で聞かれ、 じっと見ていると、目が合った。 まゆこの顔を見つめたとき、 彼は、従兄弟の彼女のひろこに 惹かれたわけが、分かった。 まゆことひろこの二人は どこか似ているのだ。 腕の中の温もりをしっかりと味わう前に、 院長先生の咳払いでまゆこが離れると タクトは残念に思った。
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