<第1章>ファーストインプレッション

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<第1章>ファーストインプレッション

あれは6年前の春だった。 新卒の彼が、まゆこの兄の経営する 『音成動物病院』に就職してきたときに、 彼女は“王子様がやってきた!”と胸をときめかせていた。 一瞬日本人だとも思えず 固まっていた事を思い出す。 浅黒い肌に、漆黒の瞳。 彫りの深い顔立ちに バラの花びらのようなふっくらした唇は 本の世界から飛び出してきたかのようだった。 “なんて綺麗な顔なんだろう。” うっとりと見とれていたら、 怪訝な顔で見られて、 彼女は赤くなった。 「岡田君、妹のまゆこです。」 兄に紹介してもらい、慌てて頭を下げる。 心の奥を見透かすような、深い色の瞳に どぎまぎしていた。 「本ばっかり読んで、男に免疫少ないから 愛想は無いけど、悪い子や無いからよろしくな。」 ・・・・余計な事言わんといてよ。 内心そう思いながら、上目遣いで彼をちらりと見た。 ・・・女性には免疫多そうな顔だ。 この40年間、男と縁のなかったまゆことは 人種が違いそうだった。 彼は感じ悪い薄笑いを浮かべて、 まゆこを見ていた。 “見下されてる。” そう思って、彼女はカッとなった。 “感じ悪いし、チャラいわ。” 「音成まゆこです。事務をやってます。」 無愛想に言って、なおざりに頭を下げる。 彼には、あまり 関わってはいけない空気を感じていた。 岡田と目が合うと、 まゆこは冷たい視線で見られていることに 気付く。 「岡田です。よろしくお願いします。」 丁寧な言葉とは裏腹な、 鼻で笑うような口調で返され、 二人はにらみ合った。 まゆこの兄が 「何二人でにらみあっとんねん。うちは少数精鋭なんやから 教育係頼むで、まゆこ。」 そう呆れながら言うと 「何でうちが!」とまゆこは反発した。 「お前しかおれへんやろ。」 そう言われ、しぶしぶ頷く。 「まゆこさんって、独身ですか?」 岡田がまゆこに尋ねた。 深い意味は無いのだろうけど、 まゆこが少しドキッとして 「そうやけど?」 と返すと、また彼は彼女を見て冷笑した。 「だと思った。男の気配がないもん。 クラスに1人はいる、想像の世界で生きてる人って感じ。」 「!?」 少しでもかっこいいと思って、 ドキッとした自分に腹が立った。 まゆこは言い返すのも嫌で、プイと奥に引っ込む。 その日はそれきり彼とは口を利かなかった。
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