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<第11章>お見舞い
仕事が終わると早速
タクトは院長に託ったまゆこの荷物を受け取り、
病院へ行く。
彼女はまだ眠っていた。
日曜に抱きしめたときの感触が、
まだ彼の腕の中に、残っている。
何人もの女性をその腕に抱いてきたのに、
彼女ほど、彼の欲望を刺激した女はいなかった。
初めてキスを交わしたあと、
うっとりした目で見つめられたとき
彼は「初めてなんか?」と尋ねた。
恥じらいながら頷く彼女を見た時、
彼の中に、
彼女をめちゃくちゃにしてしまいたいという
衝動が生まれた。
無我夢中になって、
自分の名を叫ぶ彼女の姿が見たい。
そして、自分の事を好きだと言わせたかった。
煩悩が彼を支配したその時、
まゆこの目が開いた。
邪念でいっぱいだったタクトは、
恥ずかしくて目をそらした。
「来てくれたん?」
嬉しそうに彼女に言われて、
彼はまゆこを見た。
心細そうな顔に胸を打たれ、彼はまゆこの手を握る。
彼女の表情が
途端にほっとした色に変わった。
「日曜の事、夢や無いよね?」
「夢?」
「うちらがデートした事。」
恥ずかしそうに彼女が言うと、
「夢や無いで。」
と彼は返した。
「夢なんかに、させへん。」
真剣な気持ちだった。
彼女だって、自分の事を想ってくれている。
決定的な言葉は無いけど、彼は信じていた。
「なあ、俺まゆこさんのことが好きやって言ったやんか。」
「うん。」
「まゆこさんは、俺のことどない思ってんの?」
じっと見つめていると、彼女の顔が赤くなり
目が潤んできた。
「・・・あんな、うちな。」
彼女が口を開いた途端
「音成さん!調子はいかがですか?」
看護師がやってくる。
まゆこは真っ赤になって「大丈夫です。」と頷くと
それきり黙りこんでしまった。
“あと少しだったのに!”
悔しい気持ちだったが、
無理強いも良くない。
タクトは着替えと差し入れを置いて、病院を後にした。
タクトが帰宅している途中で、ラインが来た。
まゆこからだった。
『岡田君は、うちの王子様です。』
それをみて、彼は赤くなった。
“王子様”と来ましたか。
『俺は生身の男やで。』
そう返すと、既読のままコメントもスタンプも付かない。
まんじりとしない気持ちで、
タクトはその夜を過ごした。
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