瞬き

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 「君ってさ、口癖が独特だよね。主語がワレワレハ、って喋り始めることが多いし」彼女は屈託のない笑みを浮かべる。僕に対して際どい指摘をしている自覚はあるのだろうか。  「そうかな。無意識なんだろうね」と当たり障りのない受け答えをするが、僕はこの展開の先に待ち受けている現実をどう回避すればいいのか、脳みそをフル稼働させ最適解を検討する。  「ほら、今だって何か考えこんでるでしょ。目を見ればバレバレだよ」そう言いながら、彼女は僕の顔を覗き込んでくる。正直言って、目を覗かれるのは苦手だ。彼女の澄んだ瞳と僕の瞳がシンクロして精神を吸い取られている気がして居心地が悪い。彼女にはそんな力があるような気がする。  彼女と僕の関係は完全に彼女が主導権を握っている。デートの立案と計画、現場での臨機応変な対応全て彼女任せだ。去年の夏の海水浴も彼女のリクエストだった。海は嫌いではないが、海水浴は海パン姿にならないといけない。僕にとって得策ではない。  「去年、海に行ったよね。あの時、私見ちゃったんだ」と彼女は僕の着るワイシャツの上から鎖骨辺りを撫でる。  (やっぱりか)  彼女の手の温もりが、僕の鎖骨の真下にあるエラに伝わりこそばゆい。敏感な器官で誰にも触られたくない部分だが、不思議と嫌な気がしない。  「私が溺れて沖へ流された時、泳いで助けてくれたよね。あの時、君の身体がヒトと違うって気が付いたの」彼女は僕をぎゅっと抱きしめる。僕が普通の人間と違う身体の持ち主であることを受け入れると言いたいのだろう。あの時、彼女が離岸流に飲み込まれて僕は無我夢中で彼女の元へ泳いだ。彼女を失うことに比べたら、自分の身体的特徴が発覚することなんて些細な問題だ。それによって、彼女が本当の僕を知ってどう思うかなんて問題は、彼女が助かってから考えればいい。  「君ってさ人魚の子孫なんでしょ」と彼女はきらきらした瞳で問いかける。あの海水浴の事件があったからこそ成立する質問だ。  僕は水陸両用の身体を持ち、この星のヒトとは違う遺伝的形質を有してはいるが、物語に出てくるあの人魚の一族ではない。しかし、彼女にとってそこにどれだけの差があるのだろう。  「人魚って男は居ないんじゃないっけ」と僕はとぼけた。彼女は僕の身体からゆっくり離れながら、そうだよねと微笑んだ。
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