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煎路は喫茶店を出て、はっせんを引きずり脇目もふらず走っていた……
はずだった。
ところが今は、走っているのははっせんで、煎路はなぜかはっせんの上に乗っかっている。
猛スピードで引きずられるのがよほど苦痛だったのか、はっせんはもがきにもがいて何とか起き上がるや、
鼻先で煎路を乱暴にすくい上げ自らの背中に乗せたのだ。
しかも、全速力で走り続けているにもかかわらず、はっせんからはいっさい疲れを感じない。
(コイツ、ホントにはっせんなのか!?
もしかして俺が引っぱって来たのは別の魔馬だったのか!? あんときゃパニックになって急いでたか……ら……らら?)
手綱を握る自分の手を見て、煎路はローズマリーにもらった実を落としていた事実に気が付いた。
(店を出た時は持ってたと思うが……なにしろ慌てふためいてたからな。
まあ、腹の足しにもならねえようなちっせえ実だったから惜しげはねーけどよ。それはそうと……)
煎路は、はっせんを下目で見た。
(やっぱりおかしい。おかし過ぎる。なんでフツーの魔馬みてえにフツーに走ってやがるんだ、コイツ)
はっせんが走り始めてから、すでに10分以上たっている。
その足にはまだまだ余裕があり、スピードが落ちる気配すらない。
はっせんは猛烈な勢いで、小さな田舎町を通過しようとしていた。
と、通過するすんでのところ、煎路の目の端に一軒の古びた店がかすった。
「ま、待て!! 戻れ、はっせん!!」
煎路は力まかせに、速度を落とさぬままはっせんの体を半回転させた。
これまでのはっせんなら、間違いなくその場で転倒しているだろうが、
今のはっせんは煎路が疑うのも納得できる程、まるで別の魔馬だった。
転ぶどころかよろめきもせずに方向をかえ、力強くも美しい足どりでなおも突き進んで行く。
その華麗な姿は、煎路の知らない若かりし頃の、名魔馬「ストロング」そのものだった。
古びた店に近づくにつれ、煎路は少しずつはっせんのスピードをゆるめていき、店の前まで誘導した。
たいていどこの店先にも、魔馬をつないでおく杭が用意されている。
「今のはっせんはつないどかねえと、どっかに行っちまう可能性があるよな……」
煎路ははっせんを杭につなぎ、さっきまで居た喫茶店に負けず劣らずの古めかしさを保つ店の中へと足を踏み入れた。
「さすがに不気味だな、おい……」
中に入るなり、四方八方から突き刺してくる視線を全身で感じ、煎路は思わず身震いした。
それもそのはず。
店内には、様々な種類の人形が周囲の棚にぎっしりと並べられており、
それら全ての人形たちが、来客である自分をこぞって見つめていたのだ。
「気に入った人形はあったかね? お若いの」
すべすべ肌の人形たちに紛れ、しわしわ肌の老人が一人、今にも壊れそうなイスに腰かけている。
老人は、しわに埋めこまれた一本線のような目で、煎路を見すえていた。
「じーさん、この店の主人か?
お人形屋さんには似つかわしくねえ面してやがんなぁ」
「ヒヒヒッ。それで良いのじゃ。お前さんもまさか、恋人への贈り物を買うために入って来たのではなかろうて……
ここはいわくつきの人形ばかり集めておるのじゃからのう」
「わざわざ入って来たのは、聞きてえ事があったからだよ」
「聞きたい事とな……?」
「とびっきり美人のビスクドールを知らねえか?
目や髪は青紫でよ。髪はクリンクリン、着てるモンはリボンたっぷりのピンクピンクしたドレスだ。
どうだ、覚えはねえか?」
「どうしてそのビスクドールを探しておるのじゃ?」
「じーさんの言う、いわくつきの人形だからだよ。
いや……正しくは、人形に姿を変えられちまった哀れな娘ってとこだろうな」
「人形に姿を変えられたじゃと?」
老人が怪訝そうに眉根をひそめると、一本線の目は完全にしわと同化して見えなくなった。
「その手の噂話はゴロゴロと転がっておるものじゃが……」
「マジかっっ」
「有名なのは、美しい娘たちの種を抜きとって若返り、そればかりか抜きとった種でアクセサリーまで作って着飾る老魔女の話じゃ。
もっとも、種抜き魔女の住処がどこなのかは、誰にも分らぬがの」
「抜きとった種で作るって? それってどんなアクセサリーだよ?
抜きとった種なら、色も輝きもなくしちまってるだろーがっ」
今度は煎路が、眉間にしわを寄せた。
「命はとらずに種だけを奪えば、種の美しさはそのままではないのかのぅ?」
「命はとらずに……? 種は魂なんだぜ?
ほんの一時ならともかく、完全に魂を抜いちまったら死んじまうに決まってんだろ?」
「長い眠りにつかせておるととらえれば良かろうて。
そう、あれじゃよ。仮死状態というやつじゃ」
「仮死状態だぁ? そんなんいったいどーやって……ああ~っ、もうっ。ワケ分かんねえやっっ」
煎路は両手で激しく頭をこすり、髪をボサボサにした。
「お若いの。ずいぶんと気が短いようじゃが、相手は何万年と生きながらえておる老魔女じゃ。
恐るべき魔力だけでなく、豊富な経験と悪知恵を持ち合わせておるじゃろう。
もし本気で、人形に変えられた娘とやらを助け出すつもりならば、忍耐に忍耐を重ね心して挑むべきじゃ」
主人はそう忠告しながら棚の上段に手を伸ばすと、ある二体の人形を手に取った。
「この店で最強の人形どもじゃ。一体でもかなりの効力を発揮するが、
ペアで持つとさらなる力を発揮するであろう。お前さんにくれてやる」
「最強?? どう最強なんだよ。まさか、ポルターガイストでも起こすんじゃねえだろーな」
顔を引きつらせて不信感を露わにしつつ、煎路は二体の人形を受け取った。
受け取った人形たちはまだ子供のあどけなさが残る男の子と女の子の容姿で、とても最強のいわくつきとは思えない可愛らしさだ。
「いちおう伝えておこう。
男の子の名がスワン。女の子の名は……ミルクなんたらじゃ」
「ミルクなんたら? うさんくせえ上に、コイツらやたらと乳くせえな……」
煎路は両手に一体ずつ人形を持ち、右手、左手と、交互に見た。
よくよく見ると、ただの子供だと思っていたスワンとミルクなんたらは、幼いながらも頼もしい顔つきである。
そしてその二体の人形の目は、自分たちの持ち主となった煎路を見定めているようにも感じられる。
「金はいらんよ、お若いの。今回だけは特別サービスじゃ」
「あたりめえだよ。いわくつきの人形に金払うバカがどこにいるんだ?
だいたいアンタが勝手にくれたんだろ」
「たとえいわくつきでも、大金をはたいてこの人形どもを買って行く者もおるのじゃ。
そうでなければこの店はとっくにつぶれておるわい」
「……いいのかよ。この店No1のセットをサービスしちまっても……
そんな物好きがいるならコイツらも高く売れるんじゃねえのか?」
「わしは金なんぞに興味はない。欲する者なら誰にでも売る訳でもない。
人形が選んだ者に売るだけじゃ。それはどういう訳かたいていの場合、ふところの寒い貧乏人ばかりでのぉ。
おかげで店はいつまでたってもこのありさまじゃ」
「人形が……選ぶ?」
煎路はもう一度、スワンとミルクなんたらに視線を落とした。
(コイツらが、俺を選んだとでも言うのかよ……)
店主の言葉を全部うのみにする訳ではないが、どうせ無料なのだ。
持っていれば役立つ時があるかもしれない。
村の長老に押し付けられた感いっぱいのはっせんでさえ、並みの魔馬以上の良魔馬に激変したばかり。
善意で渡される物を素直に受け入れれば、この先運気がぐんぐん上がっていくのではないか……
煎路はそんな浅はかな考えを巡らせていた。
「お若いの……くれぐれも用心して行きなされ。また会えれば嬉しいがの」
店主はデスクの引き出しをガタガタと開け、大きな巾着袋と長いヒモを取り出して煎路に手渡した。
「ケッ。また会うとしたら返品の時くれえだな。
霊的現象ってやつが起きたらソッコー返しにくっからよ」
煎路はもらった長ヒモを自らの肩にかけ、巾着袋に二体の人形を押しつめた。
「じーさんこそ、人形どもに呪い殺されねえようくれぐれも注意しな」
「呪われておるとすれば、とうの昔に息絶えておるわい」
「ハハッ。そりゃそうだ。最強なのはじーさんの方だなっ。じゃあな、あばよ!!」
無数の突き刺す視線に心なしか名残惜しげに見送られつつ、
煎路はほの暗い店内から一転、明るい表に出た。
肩から長ヒモを下ろし、はっせんの筋肉質な胴体に大きく巻き付け、そのヒモに巾着袋をしっかりとくくり付ける。
「さてと……種抜き魔女の在り処。
まずはそいつを突きつめていかねえと、マリちゃんとのバラ色人生は始まらねえよーだな。
とりあえず金だ……はっせん! 今度こそ大金稼げるうめえ話を見つけに行くぜ!」
そんな魔女が実在するのか、実在するとしたらどこに棲みついているのか、居場所を突き止めたところで対等に戦えるのか……
普通なら二の足を踏むところだが、普通でもなければ計画性もない煎路にとってはどうでもいい事だ。
はっせんのごつごつした背に身を預け、煎路はとりあえず北へと向かった。
「魔女=冷たい北」
ただそれだけの理由で、煎路はひたすら北を目指す決心をしたのだ。
魔女とローズマリーには、何ひとつ接点はないとも知らず……
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