7人が本棚に入れています
本棚に追加
――――――――――――
ノーシュガガ城のテラスで存在感を放つ黒い大木、ゴービー木。
その周囲を埋めつくすように、豊穣を祝って多くの野菜、果実、穀物などが、毎日欠かさず捧げられていた。
ゴービー木が俯瞰する大通りの沿道にはさまざまな出店が立ち並び、
普段は静かな里がにぎわいを見せ活気づいている。
大通りの真ん中は、国内のみならず魔界中の国々から派遣されて来た報道関係者が陣取っており、
その仰々しさに住人たちも戸惑いを隠せぬまま、収穫祭は最終日を迎えていた。
サトナシ祭がそこそこ有名になったとはいえ、これ程の数の報道陣が集まるのは前例がない事だ。
だが、ほとんどのカメラマン達は、なぜか城のテラスに向けてカメラを構え、祭りの実況を撮影する者はごくわずかだった。
「開幕式はいつも通り、第三王子だけだったよな。この調子だと、閉幕式も期待できねえぞ」
「ガセネタだったんじゃないのか? 第一王子が視察に来てるなんてよ」
彼らの大きな目的は王位継承最有力候補のギリザンジェロであり、テラスにその姿を現すのを今か、今かと日々待っていたのだ。
「ガセじゃねえだろ。祭りが始まる前からシェードらしき少年を見たって奴が何人かいるんだしよ。
数日前には魔馬でやって来た少女が身分確認もされねえまま城に入ってっただろ?
またすぐに出てっちまったけどよ……あの子も絶対シェードだぜっ」
「かんじんの王子様が引きこもってるんじゃなぁ……
それはそうと、サトナシ祭の取材に来るのは3回目だが、第三王子のシェードは一度も見た事がないよな……」
「いろいろと訳ありみたいだぜ?」
「何だよ。おもしろそうだな。いったいどんな訳があっ……て……」
興味津々できいた記者の口が突然、一点を見つめたまま動かなくなった。
彼一人だけではない。
全ての報道陣、浮かれ騒いでいた民衆など、大通りにいる全員の視線が同じ一点に集中し、どよめきまでもが起こった。
彼らの驚愕のまなざしを一身に受けていたのは、ようやくテラスに登場した第一王子、ギリザンジェロ=ガフェルズだった。
マトハーヴェンを先頭に、マキシリュとノーシュガガ城の家来たちを従え、
ギリザンジェロは欄干から大通りを冷ややかに見下ろしていた。
先ほどまで祭り一色に染まっていた大通りに、緊張の波が押し寄せる。
この時を待ち構えていたはずのカメラマン達ですらシャッターをきる手が震え、
記者たちもマイクを手にしながら黙りこみ、とてもリポートなど出来る心境ではなくなっていた。
ギリザンジェロの、血のように赤く鋭い眼光がそうさせていたのだ。
「ギリザ兄上。皆さん怖がっているようです。どうか、安心できるような言葉をかけてください」
誰もが恐れおののいていると察したマトハーヴェンは一歩前に踏み出し、ギリザンジェロの耳元でささやいた。
「言われずとも分かっておる。いちいちうるさい奴め。案ずるな」
ギリザンジェロは軽く手を上げ、家来たちに「マイクをよこせ」と合図した。
マイクはリレーのバトンのように、家来からマキシリュ、マキシリュからマトハーヴェンへと渡されていき、最終的にギリザンジェロの手に渡った。
ギリザンジェロはマイクを受け取るや、眼下に広がる民衆の海原に対し、
「物見高い下々の者どもよ!
次期王となる我が姿をまつ毛の先までしかと目に焼き付け、我が一言一句を感嘆符にいたるまでしかと胸に焼き付けよ!」
と、声を大にして告げた。
のっけから威圧的な弁舌をふるうギリザンジェロ。
静まり返った大通りはますます凍りつき、もはや歓楽の面影などみじんもない。
(予想はしていたが……)
マトハーヴェンは額に手を当て目を閉じた。
が、しかし、
(いや、この程度ですむのならば、まだ良しとせねばならない)
そう考えを改め、思い直した。
サトナシ祭に無関心の兄は、こちらに滞在してからひたすら城に籠もり続け、あきてしまう今日までずっとDVD鑑賞にハマっていた。
おかげで里の住人たちも、第一王子の影におびえずいつも通りの収穫祭を楽しみ、今日という最終日を迎えられたのだ。
このスピーチさえ我慢して聞けば……この一時の苦難を皆で乗りこえれば、
後は“賞金獲得! 誰でも愉快にご自慢勝負”で大いに盛り上がり、
愛すべき故郷の一大祭典を笑って締めくくる事が出来るのだ。
だが……
マトハーヴェンの考えは、ゴービー木の根元で実を寄せ合うどの果実よりも甘かった。
「フン。ゴービー木が憤慨しておるわ。ノミモンド祭とは全く比べ物にならぬ……」
兄はゴービー木の供え物を尻目にかけうすら笑みを浮かべると、
その直後、身の毛もよだつある決意を表明したのだ。
「世辞にも豪華とは言えぬちっぽけな献上の品々に加え、
毒にもならぬが薬にもならぬ退屈きわまりないこの田舎の祭典を憂い、
これから始まる魔馬レースとやらに俺様も参戦いたそうぞ!!」
「……!! 兄上、何を!!」
寝耳に水の宣言だ。
さすがのマトハーヴェンも、語気を強めた。
「“ご自慢勝負”の参加は毎回、サトナシの里に住んでいる一般の民だけだと限られているのです!
いくら兄上でも例外は認められません!」
「寛容になれ、マトハーヴェン。
先例に従うだけでは、何事も改善されぬままぞ」
「里のために、日頃から尽力してくれている住人たちをねぎらう意が込められての行事です!
改善の必要などありませんっ」
「寛容になれぬと申すならば、別枠を設ければ良い」
「べ……別枠?」
「里の住人以外でも自由に参加できる枠よ。
ただし、無騎手でもレース可能な魔馬である事が別枠レースの参加必須条件だ」
「魔馬だけの競争……?」
「高貴な俺自らが、田舎の競馬ごときで騎乗など出来ぬからな。
それともうひとつ、俺の魔馬と競い合うからには血統書付きの魔馬である事は言うまでもないが、
なおかつ、主人と種を交わし合った魔馬を限定とする」
ギリザンジェロはそう言うと振り返り、
「優勝賞金は五百万インリョー程度で良かろう! 早急に参加者を募れ!」
後方にかたまっている家来たちに指を突き出し、力強く命じた。
「は、ははぁぁーっっ!!」
別枠レースの準備に取りかかるべく、大急ぎで散り散りにテラスを離れて行く家来たち。
見るに見かね、マトハーヴェンはいよいよ語気を強めた。
「いくら何でも、今からなんてムリが過ぎますよ!!」
「全ては、下々の者どものためを思えばこそだ、マトハーヴェン」
「……は……?」
「見よ。者どもの沈痛な面持ちを……
奴らもまた、毎度変わりばえのせぬ退屈な祭りを悲嘆しておるのだ。
マトハーヴェンよ。民の真意を悟らずして、一城の主はつとまらぬぞ」
欄干の向こう側でおどおどとかしこまる民衆を観望し、ギリザンジェロはお門違いの憐れみをかける。
「兄上……この際ハッキリ申し上げます。皆さんが沈んでいるのは」
「もう良い。俺に任せておけ。者どもにレベルの高いレースを見せつけ、
葬列のごとく陰気くさいサトナシ祭の最後に大輪の花を添えてやろうぞ!」
「ですから兄上、その必要はありません!!」
「くどいぞ! マトハーヴェン!!」
マトハーヴェンの異議に耳を貸す気など毛頭なく一喝すると、
ギリザンジェロはゴービー木の横を通り去って行った。
そんな兄の後ろ姿を、マトハーヴェンはもはや見送る事しか出来なかった。
「庶民にしてみれば、五百万インリョーは大変な金額だ……最悪の事態にならなければいいが……」
困窮の表情でつぶやくマトハーヴェン。
その背後から、王子二人のやりとりを間近で聞いていたマキシリュがそっと言葉をかけた。
「マトハーヴェン王子。賞金が大金とはいえ、別枠レースは実現しないでしょう。
第一王子の魔馬と自分の魔馬を同じ線上に立たせるなど、正常な者なら思いも及ばないはずですから……
多くの家臣たちを振り回す結果にはなってしまいましたが……」
申し訳なさそうに軽く頭を下げ、マキシリュはギリザンジェロの後を追い、足早に厩舎のある城の裏手へと回った。
テラスから第一王子の姿が消えたとたんに大通りはざわつき始め、
マトハーヴェンが見上げたゴービー木の灰色の葉も、風にゆらされざわめき出した。
「一攫千金をねらう者の中には、我々の想像をはるかに超えた命知らずが存在するもの……」
マトハーヴェンの胸の内までもが、ざわざわと騒ぎ始めていた――
最初のコメントを投稿しよう!