「魔動物愛護団体につげぐっちまうぞ!」

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 ――――――――――――  ノーシュガガ城のテラスで存在感を放つ黒い大木(たいぼく)、ゴービー(バウム)。  その周囲を()めつくすように、豊穣(ほうじょう)を祝って多くの野菜、果実、穀物(こくもつ)などが、毎日欠かさず(ささ)げられていた。  ゴービー木が俯瞰(ふかん)する大通りの沿道(えんどう)にはさまざまな出店(でみせ)が立ち並び、  普段は静かな里がにぎわいを見せ活気づいている。  大通りの真ん中は、国内のみならず魔界中の国々から派遣(はけん)されて来た報道関係者が陣取(じんど)っており、  その仰々(ぎょうぎょう)しさに住人たちも戸惑いを(かく)せぬまま、収穫(しゅうかく)(さい)は最終日を迎えていた。  サトナシ祭がそこそこ有名になったとはいえ、これ程の数の報道陣が集まるのは前例(ぜんれい)がない事だ。  だが、ほとんどのカメラマン達は、なぜか城のテラスに向けてカメラを構え、祭りの実況を撮影する者はごくわずかだった。 「開幕(かいまく)式はいつも通り、第三王子だけだったよな。この調子だと、閉幕(へいまく)式も期待できねえぞ」 「ガセネタだったんじゃないのか? 第一王子が視察(しさつ)に来てるなんてよ」  彼らの大きな目的は王位継承最有力候補のギリザンジェロであり、テラスにその姿を現すのを今か、今かと日々(ひび)待っていたのだ。 「ガセじゃねえだろ。祭りが始まる前からシェードらしき少年を見たって奴が何人かいるんだしよ。  数日前には魔馬(まば)でやって来た少女が身分確認もされねえまま城に入ってっただろ?  またすぐに出てっちまったけどよ……あの子も絶対シェードだぜっ」 「かんじんの王子様が引きこもってるんじゃなぁ……  それはそうと、サトナシ祭の取材(しゅざい)に来るのは3回目だが、第三王子のシェードは一度も見た事がないよな……」 「いろいろと(わけ)ありみたいだぜ?」 「何だよ。おもしろそうだな。いったいどんな訳があっ……て……」  興味津々(しんしん)できいた記者の口が突然、一点(いってん)を見つめたまま動かなくなった。  彼一人だけではない。  全ての報道陣、浮かれ(さわ)いでいた民衆(みんしゅう)など、大通りにいる全員の視線が同じ一点に集中し、どよめきまでもが起こった。  彼らの驚愕(きょうがく)のまなざしを一身に受けていたのは、ようやくテラスに登場した第一王子、ギリザンジェロ=ガフェルズだった。  マトハーヴェンを先頭に、マキシリュとノーシュガガ城の家来(けらい)たちを従え、  ギリザンジェロは欄干(らんかん)から大通りを()ややかに見下ろしていた。  先ほどまで祭り一色(いっしょく)に染まっていた大通りに、緊張の波が押し寄せる。    この時を待ち構えていたはずのカメラマン達ですらシャッターをきる手が(ふる)え、  記者たちもマイクを手にしながら黙りこみ、とてもリポートなど出来る心境(しんきょう)ではなくなっていた。  ギリザンジェロの、血のように赤く(するど)眼光(がんこう)がそうさせていたのだ。 「ギリザ兄上。皆さん怖がっているようです。どうか、安心できるような言葉をかけてください」  誰もが恐れおののいていると察したマトハーヴェンは一歩前に踏み出し、ギリザンジェロの耳元でささやいた。 「言われずとも分かっておる。いちいちうるさい奴め。案ずるな」  ギリザンジェロは軽く手を上げ、家来たちに「マイクをよこせ」と合図(あいず)した。  マイクはリレーのバトンのように、家来からマキシリュ、マキシリュからマトハーヴェンへと渡されていき、最終的にギリザンジェロの手に渡った。  ギリザンジェロはマイクを受け取るや、眼下(がんか)に広がる民衆の海原(うなばら)に対し、 「物見(ものみ)(だか)下々(しもじも)の者どもよ!  次期王となる我が姿をまつ毛の先までしかと目に焼き付け、我が一言(いちごん)一句(いっく)感嘆符(かんたんふ)にいたるまでしかと胸に焼き付けよ!」  と、声を大にして告げた。  のっけから威圧(いあつ)的な弁舌(べんぜつ)をふるうギリザンジェロ。  静まり返った大通りはますます凍りつき、もはや歓楽(かんらく)面影(おもかげ)などみじんもない。 (予想はしていたが……)  マトハーヴェンは(ひたい)に手を当て目を閉じた。  が、しかし、 (いや、この程度ですむのならば、まだ良しとせねばならない)  そう考えを改め、思い直した。  サトナシ祭に無関心の兄は、こちらに滞在してからひたすら城に()もり続け、あきてしまう今日までずっとDVD鑑賞にハマっていた。     おかげで里の住人たちも、第一王子の(かげ)におびえずいつも通りの収穫祭を楽しみ、今日という最終日を迎えられたのだ。  このスピーチさえ我慢して聞けば……この一時(いっとき)の苦難を(みな)で乗りこえれば、  後は“賞金(しょうきん)獲得(かくとく)! 誰でも愉快(ゆかい)にご自慢勝負”で(おお)いに盛り上がり、  愛すべき故郷の一大(いちだい)祭典(さいてん)を笑って締めくくる事が出来るのだ。  だが……  マトハーヴェンの考えは、ゴービー木の根元(ねもと)で実を寄せ合うどの果実(かじつ)よりも甘かった。 「フン。ゴービー木が憤慨(ふんがい)しておるわ。ノミモンド祭とは全く比べ物にならぬ……」  兄はゴービー木の(そな)え物を尻目(しりめ)にかけうすら笑みを浮かべると、  その直後(ちょくご)、身の毛もよだつある決意を表明したのだ。 「世辞(せじ)にも豪華とは言えぬちっぽけな献上(けんじょう)品々(しなじな)に加え、  毒にもならぬが薬にもならぬ退屈きわまりないこの田舎の祭典を(うれ)い、  これから始まる魔馬(まば)レースとやらに俺様も参戦いたそうぞ!!」 「……!! 兄上、何を!!」  寝耳(ねみみ)に水の宣言だ。  さすがのマトハーヴェンも、語気(ごき)を強めた。 「“ご自慢勝負”の参加は毎回、サトナシの里に住んでいる一般の(たみ)だけだと限られているのです!  いくら兄上でも例外は認められません!」 「寛容(かんよう)になれ、マトハーヴェン。  先例(せんれい)に従うだけでは、何事も改善されぬままぞ」 「里のために、日頃から尽力(じんりょく)してくれている住人たちをねぎらう意が込められての行事です!  改善の必要などありませんっ」 「寛容になれぬと申すならば、別枠(べつわく)(もうけ)ければ良い」 「べ……別枠?」 「里の住人以外でも自由に参加できる(わく)よ。  ただし、()騎手(きしゅ)でもレース可能な魔馬である事が別枠レースの参加必須(ひっす)条件だ」 「魔馬だけの競争……?」 「高貴(こうき)な俺自らが、田舎の競馬(けいば)ごときで騎乗(きじょう)など出来ぬからな。  それともうひとつ、俺の魔馬と競い合うからには血統書(けっとうしょ)付きの魔馬である事は言うまでもないが、  なおかつ、主人と(たね)()わし合った魔馬を限定とする」  ギリザンジェロはそう言うと振り返り、 「優勝賞金は五百万インリョー程度で良かろう! 早急(そうきゅう)に参加者を(つの)れ!」  後方(こうほう)にかたまっている家来たちに指を()き出し、力強く(めい)じた。 「は、ははぁぁーっっ!!」  別枠レースの準備に取りかかるべく、大急ぎで()()りにテラスを離れて行く家来たち。  見るに見かね、マトハーヴェンはいよいよ語気を強めた。 「いくら何でも、今からなんてムリが過ぎますよ!!」 「全ては、下々の者どものためを思えばこそだ、マトハーヴェン」 「……は……?」 「見よ。者どもの沈痛(ちんつう)面持(おもも)ちを……  奴らもまた、毎度変わりばえのせぬ退屈な祭りを悲嘆(ひたん)しておるのだ。  マトハーヴェンよ。(たみ)真意(しんい)(さと)らずして、一城(いちじょう)(あるじ)はつとまらぬぞ」  欄干の向こう側でおどおどとかしこまる民衆を観望(かんぼう)し、ギリザンジェロはお門違(かどちが)いの(あわ)れみをかける。 「兄上……この際ハッキリ申し上げます。皆さんが沈んでいるのは」 「もう良い。俺に任せておけ。者どもにレベルの高いレースを見せつけ、  葬列(そうれつ)のごとく陰気(いんき)くさいサトナシ祭の最後に大輪(たいりん)の花を()えてやろうぞ!」 「ですから兄上、その必要はありません!!」 「くどいぞ! マトハーヴェン!!」  マトハーヴェンの異議(いぎ)に耳を貸す気など毛頭(もうとう)なく一喝(いっかつ)すると、  ギリザンジェロはゴービー木の横を通り去って行った。  そんな兄の後ろ姿を、マトハーヴェンはもはや見送る事しか出来なかった。 「庶民(しょみん)にしてみれば、五百万インリョーは大変な金額だ……最悪の事態にならなければいいが……」  困窮(こんきゅう)の表情でつぶやくマトハーヴェン。  その背後から、王子二人のやりとりを間近(まぢか)で聞いていたマキシリュがそっと言葉をかけた。 「マトハーヴェン王子。賞金が大金(たいきん)とはいえ、別枠レースは実現しないでしょう。  第一王子の魔馬と自分の魔馬を同じ線上(せんじょう)に立たせるなど、正常な者なら思いも及ばないはずですから……  多くの家臣(かしん)たちを振り回す結果にはなってしまいましたが……」  申し訳なさそうに軽く頭を下げ、マキシリュはギリザンジェロの後を追い、足早(あしばや)厩舎(きゅうしゃ)のある城の裏手(うらて)へと回った。  テラスから第一王子の姿が消えたとたんに大通りはざわつき始め、  マトハーヴェンが見上げたゴービー木の灰色(はいいろ)の葉も、風にゆらされざわめき出した。 「一攫(いっかく)千金(せんきん)をねらう者の中には、我々の想像をはるかに()えた命知らずが存在するもの……」  マトハーヴェンの胸の内までもが、ざわざわと騒ぎ始めていた――
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