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サトナシ祭の終幕を飾る一大イベント、魔馬レースは、大盛況だった。
里の住人たちが飼う魔馬は運搬用や農耕用の家畜がほとんどで、
足を競い合う経験など皆無に等しい。
そんな魔馬たちのレースだ。
遊び気分でマイペースに走る魔馬ばかりで、中には完全にコースから外れのんびり雑草を食べる魔馬もおり、観客の笑いを誘っていた。
騎乗している飼い主たちにも競争心や欲などはいっさいなく、誰もが終始ほがらかで、
迫力こそないものの、その名の通りとても愉快な勝負となっていた。
いつもなら、このまま最高の形で閉幕を迎えていたのだが……
のどかな里には不似合いな、派手なファンファーレが流れ、いよいよ異例の別枠レースが始まろうとしていた。
第一王子の髪と同じ深い緑のたてがみをなびかせ、ひときわ体格の良い黒魔馬が鼻を鳴らしてレース場に現れるや、
観客や報道陣らは桁外れの貫禄に圧倒され、思わず息をのんだ。
ゴール真正面に急遽設けられた特等席の、玉座さながらの豪奢なイスから、
ギリザンジェロはいつもの洞察座りで冷然と、ゲートへ向かう自身の魔馬、ギンギンを眺めている。
「他の魔馬が見当たらぬようだが、対抗魔馬はどうした?」
ギリザンジェロは、傍らに立つマトハーヴェンにたずねた。
「いまだ一頭も現われていません」
「フフッ。少しばかり条件を付け過ぎたかな……」
「それもありますが、兄上の魔馬に自分の魔馬を挑戦させる者など、そうはいないでしょうに」
「フハハハッ。そうであろうな……」
マトハーヴェンは、胸をなで下ろしていた。
万が一にも命知らずの者が存在したらと危惧していたが、
レース開始直前になってもそういった無謀な類が現われる気配はないようだ。
余計な取り越し苦労だったのか?
しかし、あの時の胸さわぎはやけにリアルなものだった。
とにもかくにも、タイムリミットは目前だ。
このままギンギンの不戦勝で別枠レースを一刻も早く終了させたい。
マトハーヴェンは、一秒たりとも遅れを許さず時間きっかりに参加者の入場を締めきるよう、家来に指示を出していた。
残り数秒……
この何秒かの間がどれほど長く、果てしなく感じる事か……
マトハーヴェンの心中を察している家来は、一秒の遅れも許さないのではなく、一秒でも早く参加者を締めきるべく、
時計の針が刻限の数字に微動するよりも前に、さっさと場内アナウンスを始めた。
「え~、今ここに、第一王子の魔馬、ギンギン号の勝利を――」
「ちょっと待ったぁぁ――っっ!!」
突如、結果発表に割って入る勇ましく大きな声が会場中に響き渡った。
当然、全員の視線が声の聞こえた入口の方へと集中する。
その入口には一頭の魔馬が立っており、辺り一帯を明るく照らすようなオレンジ色の髪をした青年が、魔馬の背中にまたがっていた。
ギンギンと比べても見劣りしない、がっしりとしたたくましい魔馬だ。
馬体は茶色で、青年と同じオレンジ色のたてがみを陽に輝かせている。
「ふぃ~っ。ギリギリセーフだよなっ?
第一王子の魔馬とのレース、このはっせんが参戦するぜ!!」
青年は軽快に魔馬から飛び下りると、観客席の中でただ一人、やたら場違いなきんきら席に座るこの国の第一王子を見上げるや、ニヤリと笑った。
(林で金髪美少女を連れ去られて以来だな。
キスいやいやのギリタンベロの兄ちゃんよ……
おめえの魔馬がどんだけのもんか知らねえが、復活したはっせんの足でその天狗っ鼻へし折ってやる……!)
ギリザンジェロもまた、締めきり直前になって現われた、やたら身のほど知らずの青年を見下ろして不敵にほほ笑んだ。
(その髪その顔その奇妙な出で立ち……
忘れてはいないぞ。人間界に生息する欠点種のオレンジめが。
こんな所にまでしゃしゃり出て来おって……
我が魔馬ギンギンが、貴様の見かけ倒しの愚魔馬などそくざにねじ伏せてみせようぞ!)
互いに怪しげな笑みを浮かべ、遠く見つめ合う二人……
そうなのだ。
競馬場に登場した青年は煎路であり、煎路と同色の目とたてがみを持った魔馬は、煎路と種交わしをしたばかりの、あのはっせんだったのだ。
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