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和やかなムードで行われていたご自慢レースから一転、重苦しい空気に包まれたレース会場――
第一王子、ギリザンジェロの魔馬ギンギンの隣りには、歓迎されざる敵魔馬が、怖じる素ぶりも気負いする素ぶりもなく突っ立っている。
そんな敵魔馬、はっせんを、ギンギンは訝しげに横目で見ていた。
〔こやつ、何やつ……?〕
はっせんの、王者のような風格をいささか不快に感じるギンギンだったが、
それ以上に、己の主人から発せられる強烈なオーラを全身で感知し、底知れぬ恐怖で身震いしていた。
(分かっているな、ギンギン。クソ親父が城払い令を解くまでの間、自由にできる金が必要だ……
貴様がどこの馬の骨とも分からぬ魔馬に負けるような失態をおかすはずはなかろうが、
万々一俺に恥をかかせる不測の事態を招いた暁には……)
ギリザンジェロの、この上ない閻魔顔と、突き刺すような視線。
すっかり畏縮するギンギンとは対照的に、はっせんは挑戦魔馬とは思えないほど堂々としていた。
コースの外側に立つ煎路は、温かいまなざしではっせんを見守っている。
(はっせん。俺は賞金なんかどうだっていいんだ。
あの傲慢でえらそうなギリタンベロに、王家の魔馬以外の魔馬の実力を見せつけてやれ。
今のお前はもう、10分走って逝っちまいそうになっていた老魔馬じゃない。
俺はお前を信じてるぜ。お前は必ず、必ず五百万インリョーを俺に与えてくれるとな……
もちろん賞金はどうでもいいが、だがお前なら間違いなく五百万を手にする……もとい、足にする事ができるはずだ!
何としても、何としても俺の手に大金をつかませろ!!)
温かいまなざしはどこへやら……
金の亡者へと激変した煎路は欲望むき出しのギラギラした目で、はっせんを凝視していた。
金欲にまみれた魔馬主二人の邪心がドロドロと渦巻く中、
ついにスターターがゲートの扉を開き、プライドと金、金と金を賭けての決戦の火蓋が切られた!
「おおおぉぉ――!!」
二頭の魔馬は発走するなり豪快な走りを見せ、レース序盤から観衆の度肝をぬいた。
このままいけば、どちらも共に前に出るのを譲らぬ大接戦となる可能性は十分にあり得る。
「なんと……兄上のギンギンと互角に競い合うとは……」
マトハーヴェンは気が気ではなかったが、雄雄しく勇敢に駆ける対抗魔馬の勇姿に、思わず見とれてしまっていた。
「互角だと? マトハーヴェン、どのような血統かも分からぬ愚魔馬相手に、ギンギンが本気を出す訳がなかろう」
ギリザンジェロは、一笑に付した。
そしてなぜか、ギンギンを瞳に映しながら不意に、自らの子供の頃を思い返していた。
(……あの頃の俺はまだ、氷山のごとく冷気をまとう父にたった1℃の温もりを求める、いじらしいリトルプリンスだった……)
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